友人のあんこさんと話していると、よく、「結婚して何年もたっているのにラブラブな夫婦」とか、「子どもの学校行事には必ず有給休暇をとっちゃうような子煩悩なパパ」とかの話題になる。数年前までは、「私たちはどうしてそういう優しいダンナをgetできなかったのかしらねぇ?」という会話をしていたのだが、ここ1~2年は違う。ある時、私たちは気づいてしまったのだ。「果たして私たちは、本当にそういう“優しい人”が好きなのだろーか? そういう人と一緒に暮らしたとして、本当にうまくやっていけるのだろーか? →→→ 否。」ということに。
「…でもさ、本当に、いつも妻と一緒にいたがるようなラブラブなダンナが欲しいと思う?」
「…やだー!鬱陶しいというか、他に趣味はないのか、友人はいないのか…と思っちゃう」
「…でしょ? …たいしたことない学校行事にまで、わざわざ有給休暇とってやってきて、喜々としてビデオカメラを構えていたり、レジャーシートの場所取りに命燃やしてるよーなお父さんってどうよ?」
「…会社行って仕事しろよ働き盛りなんだからよ、と思う」
「…思うよね」
「…うん」
「自分の夫に、詩人のよーに、ドラマのよーに、ロマンチックな言葉を囁かれたら嬉しい?」
「ぞっとするね。この人どっかおかしーんじゃないか?悪いモノでも食ったのか?欧米か?…と思っちゃう。…ってゆーか、そういう男は女にマメだから、他の女にも同じよーなこと囁くよきっと」
「…つまりさ、私たちは、世間でいうところの、“優しいご主人”とか、“子煩悩なパパ”とかに魅力を感じてなんかいないんだよ、実は。世間話とゆーか社交辞令で“羨ましいわねぇ”なんて、つい言ってみちゃったりするだけで、本当は心底そういうのを欲してるわけじゃないんだ。心底欲してないものが手に入るわけがないよね」
「…ホントだね~! その通りだよ! 特に公務員なんかは税金でお給料もらってるわけだから、」
「軽々しく仕事休むなよ公僕なんだからよ、って、」
「思うーーーーっ!!」
というような会話をして以来、“優しいダーリン”に関する幻想はキッパリと捨てたのだ。世の中で“getすべきもの”として推奨されているアイテムは、ぼーっとしていると、なんとなく自分も欲しいような気がしてしまうことがあるけど、「これって本当にそんなに良いもの?本当に自分に必要?」とよくよく考えると、色あせて見え始めたりもするものだ。高いお金を払って買ったとしても、いずれ、押し入れの奥で埃をかぶるのがオチだろう。
かつて文学少女だった方々や、映画好きな方々は、「風とともに去りぬ」という作品を読むか見るかしたことがあるだろう。主人公のスカーレット・オハラは、少女時代から、アシュレイという優男に憧れていて、大人になったら当然結婚するものと思っていた。…が、スカーレットのようにエネルギーの固まりみたいな女が、アシュレイのような草食系男子と結婚してもバランスの良い夫婦にはたぶんなれない。アシュレイはそのことを分かっていたから、メラニーという、イライラしそうになるくらい心が綺麗な、良妻賢母型の女性と婚約してしまう。打ちひしがれるスカーレット。
その後、南北戦争のゴタゴタがあり、スカーレットの実家は没落し、生活に困ったスカーレットはお金のために他の男と結婚したりもするのだけど、心の底ではずっとアシュレイのことを思い続けていた。(本当にアシュレイを愛していたのかどうかは甚だ疑問。スカーレットの我儘な性格を考えれば、手に入らなかったがゆえに執着を捨て切れなかった…というのが真実だったかもしれない。)
スカーレットの前には、レット・バトラーという肉食系の男が登場して、「お前に似合うのは俺だ」とばかりにアプローチしてくるのだけど、「自分は草食系アシュレイを愛している」と思いこんでいるスカーレットには、レットはなんとも無遠慮でがさつな男に見える。歯に衣着せず自分の弱点を突いてきて面白がるレットを、天敵のように忌み嫌うスカーレット。その後の紆余曲折を経て、スカーレットが「自分が本当に必要としていたのはレットだったのだ」と悟った時には、時すでに遅し…という結末になるのだけれど。結局スカーレットは、「欲しい(と思っていた)もの」と「本当に必要なもの」との乖離から人生のハンドリングを間違えてしまったのだろう。
私の大好きな『Papa told me』というマンガがある(
http://ja.wikipedia.org/wiki/Papa_told_me )。物静かで優しいパパ(職業は作家)と、賢くて可愛い小学生の娘・知世ちゃんの、おしゃれで可愛くて時にせつない父子家庭を描いたもので、下手な純文学よりもずっと文学的で優れた作品だと思っている。そのパパ(的場信吉氏)は、私の、「公称・理想の夫」なのだ。…というか、パパと知世ちゃんのあり方が、「公称・理想の親子像」なのだ。(妊娠し、おなかの中の子が女の子だと分かった時から、「知世ちゃんみたいな娘に育てたい!」と思って頑張ってきたのだが、どうやらそれは失敗しつつあるようだ…。)
“公称”と書いたのは、「どんな男性がタイプなんですか?」と訊かれた時にそう答えているだけで、本音を言えば、「自分はたぶん、的場信吉氏のような人とは一緒に暮らせないだろうな…」と分かってきたから。的場センセイはすごく素敵な人だけど、あんな静かで穏やかな人と一緒にいたら、なんだか落ち着かなくなっちゃう、たぶん。
『エロイカより愛をこめて』というマンガ(
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%82%AB%E3%82%88%E3%82%8A%E6%84%9B%E3%82%92%E3%81%93%E3%82%81%E3%81%A6 )も大好きで、子どもの頃から読み続けている。ストーリーの軸は、イギリス人の泥棒・グローリア伯爵と、ドイツの軍人(NATO情報部少佐)・鉄のクラウスの戦い&友情(ルパン三世と銭型警部のような)。鉄のクラウスことエーベルバッハ少佐は、ゲルマン魂が服を着て歩いているような男で、頭脳はキレるものの世情にはうとく、無骨で、女性にも免疫がない。経費の乱用と人使いの荒さから上司との折り合いはすこぶる悪く、有能さは誰もが認めながら出世は遅いため、「万年少佐」と陰口を叩かれている。レオパルト戦車からメルセデス・ベンツまでドイツ製品をこよなく愛し、大金持ちの息子でありながら、好物はフライドポテトとネスカフェのインスタントコーヒー。女性にとっては本当にとらえどころがなく、手に負えない存在だと思う。ロシアの女性スパイが任務を遂行するために彼を誘惑しようとしたが、もちろん失敗に終わる。
モナ・リザの絵を見ても、「太ったおばさんの絵」としか認識しない無粋なこの少佐が、私は気になってしょうがないのだ。草食系で優しく物静かな的場信吉氏を眺めているよりも、たぶんずっと面白いだろうな…と思ってしまう。この“面白い”ってのが、まったくもってクセモノ。「変な人だな」「面白いな」「食えないヤツだな」という方に、ついつい近づいていってしまう、この悪い癖。“面白さ”“変人っぷり”なんて、これっぽっちも腹の足しにはならないっていうのに…。私が“裕福で幸せな有閑マダム”になれなかった原因は、たぶんそのへんにあると思っている。(脱力)