「女の子は泣いちゃいけないよ。」


…というわけで、どうやら首の椎間板ヘルニアらしい。引き金は土曜日のプチ事故だったんだろうか(暗がりで自転車を走らせていて縁石に激突)?……だとしたら自業自得なのだ。馬鹿。

痛み止めの注射・飲み薬・座薬は、効いてるのかどうかよく分からず。昨日の明け方のような激痛が起きませんようにと、今はちょっとビクビクしているところ。

軽い吐き気は、首のせいなのか、痛み止めで胃が荒れたせいか? 食欲がないけれど、とりあえずプロテインドリンクかなにかを流し込んで薬を飲まなくては。

ここのところ、他の病気もあって、あちこちの病院をはしごしてまわってる感じ。やはり今年は我が身の健康とじっくり向き合いなさいということなのだろうか。

先日、ちょっと精神的に落ち込むことがあって引っかかっていたのだけど、この痛みと向き合わなくてはならなくなって、そんなところで立ち止まって凹んでいるわけにはいかなくなった。ずいずいのお弁当作りや洗濯も、仕事の〆切も、待ったナシなんだもの。

故・沢村貞子さんは、幼い頃、お祖母さんに、「女の子は泣いちゃいけないよ」と言われて育ったそうだ。「泣いてたら、ごはんの支度が遅くなるだろ」と。体調を崩した時、仕事だけをなんとかすれば家のことは何もしなくていい…という男性は多いかもしれないが、多くの女は、そうはいかない。

医者は、「寝てた方がいいですよ。安静にね」と言う。「はい…」と言いながら、心の中では、「でも先生、寝ているわけにはいかないんです…」と反論する。大きな無理は出来ないが、ちょっとは無理しないと、毎日が回っていかないんだもの。

でも、やるべき事があるということに逆に助けられているのかもしれない、精神的には。そうしないと本格的に寝込んで深く落ち込んでしまいそうな気がする。

最初に、痛み止めが効いているのかいないのか良く分からないと書いたが、そろそろ薬が切れたらしく、ひどい痛みが戻ってきた。…効いてたんだ、薬。時間をきちんと守って真面目に使おう。

耐え難い痛みは、何ヶ月も続くわけではないだろう。痛みや不自由に心が折れてしまわないよう、前向きに行こう。心のビタミン剤は何がいいんだろう?音楽かな…?映画かな…?……いや、やっぱり、一番の元気の源は、まん丸顔でプクプクほっぺの、動きがちょっとトロい、あの人だな。

ずいずいのためにも、早く治そう。

「風とともに去りぬ」的アンビバレント

友人のあんこさんと話していると、よく、「結婚して何年もたっているのにラブラブな夫婦」とか、「子どもの学校行事には必ず有給休暇をとっちゃうような子煩悩なパパ」とかの話題になる。数年前までは、「私たちはどうしてそういう優しいダンナをgetできなかったのかしらねぇ?」という会話をしていたのだが、ここ1~2年は違う。ある時、私たちは気づいてしまったのだ。「果たして私たちは、本当にそういう“優しい人”が好きなのだろーか? そういう人と一緒に暮らしたとして、本当にうまくやっていけるのだろーか? →→→ 否。」ということに。

「…でもさ、本当に、いつも妻と一緒にいたがるようなラブラブなダンナが欲しいと思う?」

「…やだー!鬱陶しいというか、他に趣味はないのか、友人はいないのか…と思っちゃう」

「…でしょ? …たいしたことない学校行事にまで、わざわざ有給休暇とってやってきて、喜々としてビデオカメラを構えていたり、レジャーシートの場所取りに命燃やしてるよーなお父さんってどうよ?」

「…会社行って仕事しろよ働き盛りなんだからよ、と思う」

「…思うよね」

「…うん」

「自分の夫に、詩人のよーに、ドラマのよーに、ロマンチックな言葉を囁かれたら嬉しい?」

「ぞっとするね。この人どっかおかしーんじゃないか?悪いモノでも食ったのか?欧米か?…と思っちゃう。…ってゆーか、そういう男は女にマメだから、他の女にも同じよーなこと囁くよきっと」

「…つまりさ、私たちは、世間でいうところの、“優しいご主人”とか、“子煩悩なパパ”とかに魅力を感じてなんかいないんだよ、実は。世間話とゆーか社交辞令で“羨ましいわねぇ”なんて、つい言ってみちゃったりするだけで、本当は心底そういうのを欲してるわけじゃないんだ。心底欲してないものが手に入るわけがないよね」

「…ホントだね~! その通りだよ! 特に公務員なんかは税金でお給料もらってるわけだから、」

「軽々しく仕事休むなよ公僕なんだからよ、って、」

「思うーーーーっ!!」

というような会話をして以来、“優しいダーリン”に関する幻想はキッパリと捨てたのだ。世の中で“getすべきもの”として推奨されているアイテムは、ぼーっとしていると、なんとなく自分も欲しいような気がしてしまうことがあるけど、「これって本当にそんなに良いもの?本当に自分に必要?」とよくよく考えると、色あせて見え始めたりもするものだ。高いお金を払って買ったとしても、いずれ、押し入れの奥で埃をかぶるのがオチだろう。

かつて文学少女だった方々や、映画好きな方々は、「風とともに去りぬ」という作品を読むか見るかしたことがあるだろう。主人公のスカーレット・オハラは、少女時代から、アシュレイという優男に憧れていて、大人になったら当然結婚するものと思っていた。…が、スカーレットのようにエネルギーの固まりみたいな女が、アシュレイのような草食系男子と結婚してもバランスの良い夫婦にはたぶんなれない。アシュレイはそのことを分かっていたから、メラニーという、イライラしそうになるくらい心が綺麗な、良妻賢母型の女性と婚約してしまう。打ちひしがれるスカーレット。

その後、南北戦争のゴタゴタがあり、スカーレットの実家は没落し、生活に困ったスカーレットはお金のために他の男と結婚したりもするのだけど、心の底ではずっとアシュレイのことを思い続けていた。(本当にアシュレイを愛していたのかどうかは甚だ疑問。スカーレットの我儘な性格を考えれば、手に入らなかったがゆえに執着を捨て切れなかった…というのが真実だったかもしれない。)

スカーレットの前には、レット・バトラーという肉食系の男が登場して、「お前に似合うのは俺だ」とばかりにアプローチしてくるのだけど、「自分は草食系アシュレイを愛している」と思いこんでいるスカーレットには、レットはなんとも無遠慮でがさつな男に見える。歯に衣着せず自分の弱点を突いてきて面白がるレットを、天敵のように忌み嫌うスカーレット。その後の紆余曲折を経て、スカーレットが「自分が本当に必要としていたのはレットだったのだ」と悟った時には、時すでに遅し…という結末になるのだけれど。結局スカーレットは、「欲しい(と思っていた)もの」と「本当に必要なもの」との乖離から人生のハンドリングを間違えてしまったのだろう。

私の大好きな『Papa told me』というマンガがある( http://ja.wikipedia.org/wiki/Papa_told_me )。物静かで優しいパパ(職業は作家)と、賢くて可愛い小学生の娘・知世ちゃんの、おしゃれで可愛くて時にせつない父子家庭を描いたもので、下手な純文学よりもずっと文学的で優れた作品だと思っている。そのパパ(的場信吉氏)は、私の、「公称・理想の夫」なのだ。…というか、パパと知世ちゃんのあり方が、「公称・理想の親子像」なのだ。(妊娠し、おなかの中の子が女の子だと分かった時から、「知世ちゃんみたいな娘に育てたい!」と思って頑張ってきたのだが、どうやらそれは失敗しつつあるようだ…。)

“公称”と書いたのは、「どんな男性がタイプなんですか?」と訊かれた時にそう答えているだけで、本音を言えば、「自分はたぶん、的場信吉氏のような人とは一緒に暮らせないだろうな…」と分かってきたから。的場センセイはすごく素敵な人だけど、あんな静かで穏やかな人と一緒にいたら、なんだか落ち着かなくなっちゃう、たぶん。

『エロイカより愛をこめて』というマンガ( http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%82%AB%E3%82%88%E3%82%8A%E6%84%9B%E3%82%92%E3%81%93%E3%82%81%E3%81%A6 )も大好きで、子どもの頃から読み続けている。ストーリーの軸は、イギリス人の泥棒・グローリア伯爵と、ドイツの軍人(NATO情報部少佐)・鉄のクラウスの戦い&友情(ルパン三世と銭型警部のような)。鉄のクラウスことエーベルバッハ少佐は、ゲルマン魂が服を着て歩いているような男で、頭脳はキレるものの世情にはうとく、無骨で、女性にも免疫がない。経費の乱用と人使いの荒さから上司との折り合いはすこぶる悪く、有能さは誰もが認めながら出世は遅いため、「万年少佐」と陰口を叩かれている。レオパルト戦車からメルセデス・ベンツまでドイツ製品をこよなく愛し、大金持ちの息子でありながら、好物はフライドポテトとネスカフェのインスタントコーヒー。女性にとっては本当にとらえどころがなく、手に負えない存在だと思う。ロシアの女性スパイが任務を遂行するために彼を誘惑しようとしたが、もちろん失敗に終わる。

モナ・リザの絵を見ても、「太ったおばさんの絵」としか認識しない無粋なこの少佐が、私は気になってしょうがないのだ。草食系で優しく物静かな的場信吉氏を眺めているよりも、たぶんずっと面白いだろうな…と思ってしまう。この“面白い”ってのが、まったくもってクセモノ。「変な人だな」「面白いな」「食えないヤツだな」という方に、ついつい近づいていってしまう、この悪い癖。“面白さ”“変人っぷり”なんて、これっぽっちも腹の足しにはならないっていうのに…。私が“裕福で幸せな有閑マダム”になれなかった原因は、たぶんそのへんにあると思っている。(脱力)

タイガーマスクの会

なんか、一過性の流行りモノって感じがして、ついつい天の邪鬼な目で見てしまいがちな自分もいるのだけれど。ランドセルを背負ってものすごく嬉しそうにしている子どもたちの顔を見たら、「こんなふうに心から喜んでいる子たちがいるのは事実なのだ」と思った。

伊達直人さんたちが寄付をする動悸は色々で、中にはもしかしたら「なんか今、はやってるし~」という軽薄なタイプや、「オレね、実は伊達直人なの」と吹聴したいがための人もいるのかもしれないけど、それでも、何もしないで斜に構えている私のような人間よりは人として上等なんだろう。結局のところ、誰かを幸せにしているんだから。

とどのつまり、寄付なんて、お金を出す人の動悸はどうでも良いのだ。必要なものが、誰かにネコババされることなく、必要な人の手元に、ちゃんと届くならば。

ただ、食べものを届けるのだけは賛成できない。身元を明かさない者がいきなり持ち込んだものを食べるなんて、リスクが高すぎるもの。万が一毒でも入っていたら、誰が責任を取るの? 直接手渡すのではなく、施設の前に置いていったケースもあるらしいが、食べものを置いたのが善意の人だったとしても、悪意のある者が後からそれに良からぬ手を加える可能性だってあるんだし。

「あしなが育英会」という組織がある。病気・災害・自殺などで親を亡くした子どもたちや、親が重度後遺障害で働けない家庭の子どもたちを物心両面で支える民間非営利団体。国などからの補助金・助成金は受けず、すべて寄付金で運営していて、寄付の9割以上は個人からのものなのだそう。(「あしなが育英会のおかげで高校に進学することが出来た」という話をよく聞くが、高校授業料が無償化になったのだから、その分の費用で新しい活動にも着手していけるのではないだろうか?) 

たとえばこの組織が、「子どもたちにランドセルを届けるタイガーマスクの会」みたいな部門を設けたらどうだろう? 全国の伊達直人さんたちは、寄付金の額の大小を問わず、そこに送金すれば、必要な子どもたちのところにランドセル代を配布してくれる…というような。本当に匿名で寄付したい人もいれば、「俺はこんなにいい人なんだぞ」ってことをアピールしたい人もいるだろうから(笑)、寄付金の送付時は、匿名か記名かを選ぶことが出来るようにしておけばいい。

「ランドセルを1個買うのはきついけど、500円なら寄付できる」という人だっているだろう。そういう人の善意をちゃんと受け取るような仕組みが出来ればいいのになぁ…と思う。昔、いろんなお店に「あゆみの箱」という募金箱が設置してあったが、「虎の穴の箱」みたいなのを設置するコンビニなんかが出てきてもいいかもしれない。

タイガーマスク商品を買うと、利益の一部がランドセル購入資金にまわされる、とかいうシステムでもいい。「タイガーマスクのしましまロールケーキ」なんてどう?「虎の穴推奨プロテインドリンク」とかは?

とにかく、「この流れが今年だけで終わってしまい、来年以降に入学する子は見向きもされない…」なんてことにはなりませんように。

肩の力が抜けない。(←比喩でなく文字通りの意味)


長年の持病である子宮筋腫と子宮内膜症に加え、年末に、新たに3つの健康上のトラブルが発覚。そのうち2つの病気は、当面は薬を飲みつつ、こじらせて入院や手術などに至らないよう飼いならしていくしかない。あと1つは、「頸肩腕(けいけんわん)症候群」とかいうやつで、首・肩・背中・腕がひどく痛んだり痺れたりするというもの。(腕が上がらないわけではなく、四十肩とか五十肩とか呼ばれる症状とはまた違うものらしい。)

最初は“肩凝りのちょっと重いやつ”くらいに考えていたので、湿布薬を貼ったり自己流マッサージをしたりして胡麻化していたのだけど、年末からぐんぐん状態が悪くなり、痛み止め(しかも医師が処方する強いやつ)を飲まないと眠れないほどになってしまった。あまりの痛みに、食事中ご飯茶碗を持ち続けているのが辛くて、休みながら食事をしていたら、それを見かねた母に、「それ、もう、自分でなんとかしようなんてレベルじゃないでしょう。ちゃんと治療しなさい」と言われてしまった。

で、実家から自宅に戻ってきたその日のうちに、鍼灸やマッサージの治療をしている治療院に行ってみた。近所に整形外科や接骨院は他にいくつもあって、それらには義母も通っていたことがあるのだけど、「気休めにしかならないわ。あんまり良くなってる気がしないの」と言っていたので、自分が以前から「良さそうだな」と気になっていた治療院を予約してみたのだ。そこの治療院から出てくる患者さん達の表情が良かったのと、偶然治療院の出入口でお見かけしたことがある先生のお顔に、「うん、この人は信頼できそうだ」という気がしていたのが決め手。(こういう時の私の勘は、ほぼ当たる。)友人に腕のいい鍼灸師がいるのだけど、残念ながらちょっと遠くて気軽に通えるような距離ではないのだ。

最初は問診。痛い箇所や痛み方はもちろん、生活習慣や食生活、仕事の内容や拘束時間まで、色々なことを尋ねられ、1つずつ答えていく。それを丁寧にメモしていく先生。そして、私の場合は、痛みが広範囲に及んでいるので、まず、ソフト整体というか軽いストレッチをしながら、悪い箇所を探していくことになった。初日は1時間強ほどの施術だったのだが、常に肩や腕をさすっていなければ痛くて我慢できないほどの痛みがいきなりやわらいだ。そして、「肩甲骨の奥の筋肉と、左腕の上腕外側の筋肉が、ものすごく緊張して凝り固まってしまっている。直接的な要因は、パソコンに向かっている時の姿勢なのではないかと思う」と言われる。痛みが半分以下に減った感じで、その日は数日ぶりに痛み止めを飲まないで眠ることができた。

でも、翌日の朝と翌々日の朝、起きた時に痛みがかなり戻ってしまっていた。先生に教わったストレッチをして体をほぐしていくと、お昼頃にはひどい痛みは消えるのだけど。2回目の施術の時、そのことを伝えてみた。左腕をゆっくりと回したり伸ばしたりしながら、時々先生が、「ハイ、腕の力を全部抜いてください」と言う。ところが、何度試みても、左の肩や腕の力をうまく抜くことが出来ない。自分では力を抜いているつもりなのに、まだ筋肉は緊張していて力が入ったままだという(右腕は上手に力が抜けるのに)。

「なんらかの理由で、自律神経の機能が乱れているのかもしれません。本来、眠っている間は身体の力が抜けているはずなのに、ONとOFFの切り替えがうまくいかなくなっていて、眠っている間もずっと肩や腕に力が入っている。だから、眠っても疲れがとれないどころか、かえって痛みが増してしまうのかもしれませんね」とのこと。脳が筋肉や神経にうまく指令を伝えられないというのは、脳出血の後遺症だの、自律神経失調症だのにありがちな症状らしい。そこで、ただ漫然とマッサージやストレッチを受けるだけでなく、「脇の下がぐーんと伸びて、肩甲骨がぐっと内側に入っていくようにイメージしながら、息を吐く」とか、「息をゆっくり吐いて、吐き切った時に腕の力を抜いてだらーんとする」などと、動作をしっかりと頭で意識しながらストレッチを受けて、脳と身体がきちんとつながるようなトレーニングをした。病気や事故の後遺症でリハビリを受ける人たちのために良く使われる手法だそうだ。

「体というのはすごく単純で、痛い目に遭ったりイヤな目に遭ったりすると、すぐにそのことを覚えてしまうんです。そして、もうそんな目に遭いたくないからと、無意識のうちにそこの筋肉を使わなくなったり、逆に、すごく身構えて余計な力を入れて固くなったりしてしまいます。今回は、痛みから体を庇おうとして、眠っている間も寝返りを控えてしまっているのかもしれませんね。こうやってあちこちの筋肉を伸ばしながら、その動きをしっかりと脳で意識して、ここまで動かしても大丈夫なんだよ…ってことを脳に納得させて、情報を上書きしてあげることがリハビリには大切だと僕は思っているんです」とのこと。

今のところ、2回施術を受けただけだけれど、「年末年始のあの痛みはなんだったの!?」というくらい、痛みは減ってきている。あそこまでひどい痛みは、楽になるまでには1~2ヵ月かかるんじゃないかと勝手に思いこんでいたのに、嘘みたい。痛みから解放されるのがこんなにも嬉しいものだったとは…。一部の針治療以外は保険診療がきかないから、1回の施術を受けると数千円かかる。でも、痛みに顔をしかめ、憂鬱な気分のまま毎日過ごしているよりは、痛くない腕でさっさと仕事をして治療費を稼いでしまうほうがずっといい。幸い、あと1~2回で痛みはほぼ消えそうだから、何万円も払うようなことにはならないで済みそうだし。

あの先生を見ていると、「なんとか痛みをとって楽にしてあげよう」という熱意の固まりのように見える(…が、鬱陶しいほど熱いタイプではなく、淡々とベストを尽くしてくれるタイプ)。「これぞゴッドハンド!」だと思う。EXILEのボーカルのアツシも、ストレスが溜まりまくって肩が凝っていた時に彼の治療を受けたことがあるのだそう。プロフェッショナルな人の仕事というものは本当に素晴らしく、有難いものだと実感。


余談:「肩の力が抜けないらしくて…」と義父に話したら、「俺は去年からずっと首が回らないんだ。しばらく整形外科に行ったんだけど、全然良くなってる感じがしなくて行かなくなっちゃったんだよね。もっとも、首が回らないのは会社の借金のせいかな…」と、笑っていいのかまずいのかビミョーなレスポンスがあり、その後しばらく銀行の悪口を聞かされたのだった。

焚火とか、トム・ソーヤーとか、スタンフォード大学とか。

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昨年末、クリスマスの日に、富士山麓・西湖畔にキャンプに行った。私もヲットもアウトドア派ではないので、家族でこういう機会を持ったのは実は初めて。

昨年後半くらいから、ずいずいが、書物やTVから得る知識ばかりで大きくなっているような気がして、少し気になっていたのだ。幼いうちは、もっと、五感や六感をたくさん使う体験をさせなければ、薄っぺらい人間になってしまうんじゃないかという気がして。

私が子どもの頃は、近所の広場に行くと必ず誰かしら知っている顔がいて、誰かと約束をしていたわけではなくても遊ぶ相手が見つかったものだった。小学1年生の時、そこで会うお兄さん・お姉さんや友達と、竹やぶの中に隠れ家を作ったことがあった。みんなで大きな穴を掘ってゴザを敷き、四方に竹を刺して柱を作り、どこかから拾ってきたトタン板を屋根にして。ある時、その隠れ家で遊んでいる時に、みるみるうちに暗くなって土砂降りになってしまい、雨が小降りになるまで帰れなくなったことがあった。あの時の、あっというまに真っ暗になった空とか、トタン屋根の上にバラバラとけたたましい音を立てて落ちる大粒の雨の音とか、強い風に吹かれて竹がたてるギシギシザワザワという音だとか、雨に濡れた竹の匂いだとか、「ママ心配してるだろうな…。帰ったら怒られるかな…」という不安な気持ちだとか……を、今でも、ふとした瞬間に、やたらと鮮やかに思い出すことがある。

息を吸うと鼻の奥がツンとくるような冬の寒さだとか、霜柱を踏んで歩く時のザクザクした感触だとか。そんな時の焚火の温かさだとか、煙が目にしみることだとか、頬が火照るあの感じだとか、焼き芋が焼き上がるまでの待ち遠しさだとか。真夏のかげろうだとか、うんざりするほどの蝉しぐれとか、夕立のパワフルさとか、雨上がりの匂いとか。子どもの頃に経験した、そんなもののいちいちを、今でもくっきりと思い出すのは何故なんだろう?

ずいずいは本をたくさん読む子だから、霜柱というものがどんなものなのか、知識としては知っている。真夏のかげろうや逃げ水がどんな仕組みで発生するのかも分かっている。スーパーで売っている焼き芋の味も知っている。だけど、このまま子ども時代が終わってしまったら、大人になった時に、どんなことを思いだすんだろう…?…と考えたら、なんとなく、このままじゃいけない気がした。もちろん、そんな体験が、ダイレクトに何かの役に立つわけではない。だけど、五感や六感を使わずに大人になってしまったら、なんだか、旨みというかコクが足りない大人になってしまいそうな気がするのだ。「あ、それ、知ってる」というだけで終わってしまうような、自分の言葉で自分の体験や価値観を語れないような、そんなつまらない人間にはなってほしくない。

もっともっと、ずいずいを色々なところに連れ出して、五感六感をフルに使う機会を与えてあげなくちゃ…と思っている。これまで、本や、食材や、音楽などに関しては、自分が考える“よいもの”を出来るだけずいずいに与えてきたつもりでいるのだけど、“自然の中で遊ぶこと。そのことで育つ骨太さ”みたいなものが、我が家には足りなかったと思う。今年はそのことを意識して、余暇の使い方を考えていくつもり。

キャンプから帰ってきた日、家族で本屋に行き、恒例の(?)立ち読み大会をしたのだが、いつもはあちこちの棚を移動して本屋中を徘徊しているヲットが、その日は1時間ほど洋書コーナーでじっとしていた。後から聞いたら、スタンフォード大学の講義録を読んでいたのだそうだ。経済学部ではなく、工学部(だったかな?)で経済学の講義が行なわれた時のものだったらしい。学生たちをいくつかの班に分けて、それぞれのグループに5ドルずつ与えられる。そして、「資本金は5ドル。いまから2時間で、最大の成果を上げるように」という、なんとも抽象的な課題が与えられる。2時間後、また大学に集まって、それぞれどんな成果を上げたかを発表しなさい、と。あるチームは、そのお金で空気入れを買って、自転車置き場で空気入れの商売をして、そこそこの利益を上げる。あるチームは、そのお金でクリップとボードを買い、「スタンフォードの学生売ります」と書いたボードを首から下げて、有名スーパーマーケットの前に立った。要するに、にわか便利屋さんになったというわけ。そのグループも、なかなかの利益を上げたそうだ。…が、最終的に最も評価が高かったチームが何をしたかというと、「2時間後に学内で成果発表をする時間」を、とある大企業に売ったのだという。スタンフォードのように優秀な学生が揃っている場で、たった一社がダイレクトになにかをアピールできる機会というのは、実はそうそうないチャンスだから、企業はよろこんでその機会を買ったのだという。それも、かなり高額で。

ヲットと話し合ったのは、「東大でも京大でも、とっさにそういう判断をして動ける人材が、日本には果たしてどれくらいいるんだろうか?」「そもそも、学生にそういう体験をさせる大学というのが存在しているだろうか?」ということ。それから、「海外の“エリート”の基準というのは日本よりずとずっとレベルが高くて、勉強なんか出来て当たり前。勉強が素晴らしく出来る…というだけじゃ、抜きんでることが出来ないのだ」「そのためには、子どもの頃に、どれだけいろいろな体験をしたか、どれだけ夢中になって遊んだか、どれだけリアルに記憶が残っているか…ってあたりが、けっこう要になるんじゃないだろうか?」というようなこと。

別にずいずいをグローバルに通用するエリートに仕立てようなんて思っているわけじゃないけど、世の中の“美味しいところ”を持っていく人たちというのは、そのような人材なのだと知っておいたほうがいいし、日本の中の偏差値だけで一喜一憂したり、そんなことで傷ついて引きこもってしまったり…というのがどれほど小っちゃくて狭いことなのか…は分かっておいた方がいいと思う。

昔と違って、今は、地域の自然環境も、治安や防犯の状況も、子どもたちの遊び方も変わってきているから、子供にいろいろな体験をさせるためには、親がそれなりのお膳立てをしてやらなければいけないだろう。…てなわけで、今年は、トム・ソーヤーやハックルベリー・フィンのような時間をずいずいに持たせたいと思っている。

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NORAD(北米航空宇宙防衛司令部)

画像この時期、NORADの「TRACKS SANTA」というサイト( http://www.noradsanta.org/ja/index.html )を毎日チェックしている子どもは、世界中に一体何人くらいいるんだろう?

以下、そのサイトから抜粋

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【NORADについて/サンタを追跡する理由】
NORAD とその前身である CONAD(中央防衛航空軍基地)は、50 年以上にわたりサンタの飛行を追跡してきました。

この恒例行事は、1955 年にコロラド スプリングスに拠点を置くシアーズ ローバック社が、子供向けに「サンタへの直通電話」を開設したときに、誤った電話番号を広告に掲載したのがきっかけとなって始まりました。サンタにつながるはずのその番号は、なんと CONAD の司令長官のホットラインの番号だったのです。子供たちからの電話を受けた当時の司令官ハリー シャウプ大佐は、サンタが北極から南に向かった形跡がないか部下にレーダーで確認させました。そして、電話を掛けてきた子供たちにサンタの現在地の最新情報を順次伝えたことから、この伝統が生まれました。

1958 年、カナダと米国の両政府は「北米航空宇宙防衛司令部(通称 NORAD)」として知られる両国が共同運営する北米防空組織を創設しました。そしてそれが、サンタの追跡という伝統も引き継いだというわけです。

それ以来、NORAD の職員とその家族や友人の献身的なボランティアによって、世界中の子供たちからの電話やメールへの対応が続けられています。また、現在ではサンタの追跡にインターネットも利用しています。サンタの現在地を調べようと「NORAD Tracks Santa」ウェブサイトにアクセスする人の数は、何百万人にものぼります。

そして今では、世界中のメディアもサンタの飛行経路に関する信頼できる情報源として NORAD の情報を採用しています。


【サンタの追跡方法】
NORAD は、レーダー、人工衛星、サンタ カメラ、ジェット戦闘機の 4 つの最新鋭システムでサンタを追跡します。

まず使用するのは、「北米警戒システム」と呼ばれる NORAD のレーダー システムです。この強力なレーダー システムは、北米の北部国境に張り巡らされた 47 の施設で構成されています。NORAD はクリスマス イブにこのレーダーを絶えず監視して、サンタクロースが北極を出発する瞬間をキャッチします。

サンタが飛び立ったのをレーダーで確認したら、次の検知システムの出番です。地球の上空約 36,000 km の静止軌道上には、赤外線センサーが搭載され熱を感知することのできる人工衛星が複数配置されています。なんと、赤鼻のトナカイ「ルドルフ」の鼻からは赤外線信号が放出されているため、NORAD の人工衛星はルドルフとサンタの位置を検知できるのです。

3 番目の追跡システムは「サンタ カメラ」ネットワークです。「サンタ追跡プログラム」をインターネット上で展開し始めた 1998 年から使用しています。サンタ カメラは超クールなハイテクの高速デジタル カメラで、世界中にあらかじめ設置されています。NORAD では、これらのカメラをクリスマス イブの 1 日だけ使用します。これで世界中を飛び回るサンタとトナカイの画像と動画を捉えます。

追跡システムの 4 番手はジェット戦闘機です。CF-18 戦闘機を操縦するカナダ NORAD のパイロットがサンタに接近し、北米へと迎え入れます。米国内では、F-15 や F-16 戦闘機を操縦する米国 NORAD のパイロットが、サンタとその有名なトナカイたち(ダッシャー、ダンサー、プランサー、ヴィクゼン、コメット、キューピッド、ドナー、ブリッチェン、そしてもちろん、ルドルフ)とのスリル満点の共同飛行を実現します。

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もしも日本で、防衛省なり自衛隊なり海上保安庁なりの偉いさんのところに、子どもの間違い電話がかかってきたら、こんな粋な対応が出来るだろうか? こういう遊び心というか、子どもの夢に本気でつきあう余裕と洒落っ気、悔しいけどアメリカ人には絶対にかなわないんだよなぁ…。(でも、警視庁の特命係だったら、子どもの話しでも真面目に聞いてくれるかもしれないな。右京さんが、「おやおや、それは大変。僕に出来るかどうか分かりませんが、調べてみましょう」なんて言ってくれそうだ。…てか、言ってほしい。)

ずいずいなんて、このサイトを見せたら、すっかり信じてうっとりしている。「ルドルフは生まれつき赤鼻なんかじゃなかったんだ!先頭を走るために鼻に機械を付けてたんだね!偉いよ!」だって。

サンタクロース株式会社


今朝、朝食を食べながら、ずいずいが言った。「ママ、サンタさんって、1人じゃないんじゃないの?」 おや、なにか不自然な点に気付いたのだろうか?…と考えながらも、「どうして?」と、すっとぼけて尋ねる私。

「だってさ、世界中の子どもに一晩でプレゼントを配るなんて、どう考えても無理だもん。世界中の子どもが○億人いるとして、その中で、仮に、1人っ子が○○%、2人兄弟が○○%、3人兄弟が○○%とするでしょ? そうすると、子どもがいるおうちは、世界中に○○○○万軒くらいになるんだよね。それで、1軒あたりに立ち寄る時間が3分くらいだとすると、ジェット機より速くソリが走ったとしても、一晩でなんか終わりっこないんだよ…」みたいな話を、延々と語るずいずい。お弁当作りに忙しくて真面目に聞いていなかったのだけど、1万数千人くらいサンタがいるとなんとかなるかもしれない…みたいなことを言っていたような…(うろ覚え。間違ってたらごめん、ずいずい)。

「だからね、サンタさんは、クロネコヤマトみたいな会社を持ってるんじゃないかと思うの。ヤマトのトラックよりもずーっとたくさんのソリがあって、トナカイもすっご~くいっぱいいてさ。サンタクロースってのは、もともとは1人の聖人の名前だけど、今では役職っていうか職業名みたいになってて、修行をすれば、サンタって名乗っていいことになってるんじゃないかな? トトロは、大トトロ、中トトロ、小トトロって色々いたでしょう? あんなふうにさ、キャリアによって、大サンタ、中サンタ、小サンタみたいな階級があってさ。 ……(以下延々)」 「いいから早く朝ごはん食べて行かないと遅刻するよ」と話を切り上げようとしたら、「ママ、本当はなんか知ってるんでしょ?サンタさんの秘密…。魔法学校で習ったんじゃないの? もしかして、人間には言っちゃいけないってことになってるんじゃないの?」と、探るようなまなざし(笑)。あの娘は、いまだに、私の最終学歴を魔法学校だと思っている。もう小3なのに。……大丈夫か?

そこまで理屈を考えられるくせに、サンタクロースの存在自体を疑っていないというマヌケさ。「サンタなんかいない」という仮説に基づいて考察してみれば、すべての真実がクリアに見えてくるだろうに。つくづく不思議ちゃんである。そのうち、サンタクロース株式会社の資本金は誰が用意したんだろう、どうやって利益を生み出しているんだろう…みたいなことを考え始めるんじゃないだろうか?

ずいずいの家庭学習

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親の仕事ってのは、つまり、子どものプロデューサー兼マネージャー兼スポンサーだよな、って思っている。(で、子どもが社会人になってからは、基本的に口は出さず、お金も出さず、ただサポーターとして応援してやればいいのだと。)

ずいずいの性格や特徴を考えた時、小中学校の間はオールラウンドプレーヤーの優等生にはなれないと思う。でも、それで構わない。私は、今のところ、子育ての責任の山場を大学受験に置いている。ずいずいが18歳になった時、自分の興味がある方向や行きたい大学を諦めることなく、望む道に進むことが出来るようにしておいてやりたい。そこから逆算していくと、今やっておくべき勉強は、必ずしも、小学校での成績や評価がグンとアップすることには結びつかないことだったりすることもある。だから、家庭学習では、「学校の授業にきちんとついていかれるように」「でも、大学受験突破のための基礎力を作るような勉強もさせておきたい」という両方の要素の匙加減が必要。

ずいずいの学校では、宿題とは別に、毎日、一定時間以上の家庭学習をすることが義務付けられている。1年生の時は「毎日30分以上が目安」で、その後、学年が上がるにつれ目安時間が増えていく。ほとんどが電車通学で登下校に時間がかかる子どもたちだから、帰宅してから就寝するまでの時間はかなり短い。その中で、宿題もやり、家庭学習もこなすためには、けっこう真面目に時間を管理しなければならない(気を抜くと睡眠時間を削ることになってしまう)。

家庭学習は、「予習でなく復習」という大きなルールがあるだけで、内容は各自が決める。先生が週に2回(国語ノート1回・算数ノート1回)内容をチェックして、「○○もやってみましょう」なんて、足りない部分をアドバイスしてくれることもあるが。ずいずいの場合、放っておくと好きなところだけ繰り返しやりたがるので、今はまだ、私が課題を決めている。国語も算数も、毎週1回ずつ、私が丸つけをし、間違った箇所は正解するまで直させる。そして、新たに1週間分の課題を与える。ずいずいはたまに、授業中に宇宙と交信しているような瞬間があって(笑)、大切な箇所を聞き洩らすことがあるのだ。そんなふうにすっぽ抜けた部分は、家庭学習でしかフォローできない。逆に、ずいずいが「簡単」「得意」と思っている箇所に関しては、教科書よりも難解な教材から課題を与えてブラッシュアップすることもある。

入学以来ずっと、毎週そういうことを積み重ねてきた。3年目の今、「学校の授業はあくまでもペースメーカー。実力を身につけるのは家庭学習」ってことをしみじみ感じる。

ヲットが、「NASAに入ろうとか、アメリカの大統領になろうとか、そういうんじゃなくて、日本の大学入試に合格したい…ってレベルのことなら、頭の良し悪しはあんまり関係ないんだよ。きっちり勉強したヤツが受かって、勉強が足りなかったヤツが落ちるだけ」とよく言うのだが、あながち嘘ではないような気がする。やはり、勉強が出来る人、難関と言われる学校に受かる人ってのは、大抵、机に向かうことを厭わない人だと思う。

小学校受験の時、私はあまり熱心な親ではなかったけれど、受験前の3ヵ月間だけは、「なにがあっても1日2時間ペーパーの勉強をさせる」ということを自分に課した。5~6歳の子が毎日2時間机に向かって勉強する…と言うと、「無理…」とか「可哀想に…」と反応する人が多そうな気がするけれど、お受験教室でのずいずいの様子を見ていて、私は、「大人がうまく誘導してやれば、この子は、2時間は良い状態で集中できる。3時間を過ぎると、疲れて注意力が崩れ始める」と分かっていた(お受験教室の担任の先生も同じ見解だった)。1日2時間×3ヵ月の家庭学習も、誘導する私さえくじけなければ、絶対にずいずいはついてくると思ったから、その通りにした。そしてずいずいはちゃんとついてきた。

あの時期にずいずいは、机に向かって勉強するという習慣が身につき(実際は机でなくダイニングテーブルだけど)、“机に向かうことを苦痛に感じない子”になったと思う。それは、今後、ずいずいの勉強を支える底力になってくれると思っている。進研ゼミ中学講座のテレビCMで、「1日15分頑張ってみよう!」なんて言っているくらいだから、「とにかく15分でもいいから毎日机に向かうこと」を習慣づけるのは、ある程度大きくなってしまってからではなかなか難しいのだろう。

家庭学習ノートは、そこに直接問題や答えを書かせるのでなく、プリントを与えてやらせ、済んだらホチキスで留めるようにさせている。そうすると、かなり分厚いノートが出来上がる。学校に持っていくにはけっこう重いしかさばるのだけど、見た目のインパクトがあって、「私、こんなに勉強したんだ~」という自己満足に浸ることが出来るように思うから。自宅で使う辞書は、調べた言葉を付箋に書いて、その都度、載っている頁に貼り付けさせるようにしている。そのこと自体に意味なんてないけど、それもやはり、「私、こんなにたくさんの言葉を調べてきたんだな」と、目で確認して満足することが出来るんじゃないかと思って(これは立命館小学校のやり方を真似した)。小さいうちは、そういうような形でやりがいを感じることも必要なような気がする。

うちの経済状態では、勉強のために湯水のようにお金をかけてあげることは出来ないけれど、日々のこういう積み重ねがやがてずいずいの内なる財産になればいいな…と思いながら、彼女の勉強につきあっている。

そうそう、ずいずいは国語の長文読解があまり得意ではなくて、以前mixiで相談したことがあった。その時に、あにゃにゃさんから「その文章の筆者でなく、問題の出題者の意図を探らせるやり方」のヒントをもらったり、みかんさんから「ドラゴン桜」にそういうテーマの回があったことを教えてもらったり、さおさおさんから「やっぱり『論理エンジン』あたりがいいのかなぁ?」という書き込みをもらったりした。で、古本屋でドラゴン桜のその箇所を読み(←立ち読みですごめんなさい)、書店で『論理エンジン』を買い、出題者の意図はどんなふうに探るのか…というコツをアドバイスしつつ、ずいずいに問題を解かせた。結論から言うと、そのやり方はとても良かった。書店に溢れかえっている500~600円くらいのドリルの文章読解は、なんとなく情緒的に解かせる問題が多いものもあるのだけれど、『論理エンジン』は、理系脳(←この表現が適切かどうかは微妙なところだけれど)の子も、理屈やルールでアプローチする手法が自然に身につく、良い問題が厳選されていると思った。

『論理エンジン』を1冊こなした頃、確かに読解力がつきはじめたように感じた。試しに、くもんの文章読解ドリルをやらせてみたら、以前とは違い、“該当する箇所”を(ほぼ)過不足無く抜き出すことが出来るようになっていた。アドバイスをくださった方々、どうもありがとうございました。

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「サンタさんにDSをお願いしてもプレゼントしてくれないよ。」

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12月に入って、ずいずいとお友だちの会話には、クリスマス・プレゼントの話題が増えてきたようだ。

1年生の頃から仲良しで、よく一緒に登下校をしているYちゃんからは、こんな情報が届いたらしい。「あのね、サンタさんにDSをお願いしても、プレゼントしてくれないよ。ずいずいちゃんが、サンタさんへのお願いのお手紙を、空から見やすいようにベランダ側のサッシに貼っておいたら、欲しいものが届いたって言ってたでしょう? だから私、去年、DSをお願いしますってお手紙を書いて同じように貼っておいたんだけど、ダメだったの。DSじゃなくてぬいぐるみが届いちゃったもん。DSはダメみたい。」…Yちゃん、可愛いなぁ。

ずいずいやYちゃんと仲の良いKちゃんは、「サンタって、本当にいるのかなぁ…?お父さんやお母さんがプレゼント買ってるような気がするんだけど、違うのかなぁ…?」と疑問を持っているらしい。ずいずいが、「たぶん、サンタさんのことを信じている子のところにしか来ないんだよ。うちのママもそう言ってた。せっかく、みんなを喜ばせようと思って一生懸命仕事をしているのに、自分の存在を信じてもらえなかったら淋しいもん。自分のことを信じていない人のために頑張ってサービスしようとは思わないんじゃないかと思うよ」と言ったら、「じゃあ、サンタさんってけっこう甘いのかもしれない。私、半分しか信じてないけど、毎年ちゃんと来てくれるから」と言っていたそう。…Kちゃん、疑いつつも、そこで納得してしまうなんてまだまだ可愛い。

私自身は、幼稚園の頃、すでに、「サンタさんなんかいない。パパやママがこっそりプレゼントを用意して隠しているんだ。だって、今日もらったお人形の包み、駅前のおもちゃ屋さんの包装紙だったし、その包みがママのタンスの中に前から隠してあったの、ちらっと見えちゃったことがあるもん」と分かっていた。(母、もうちょっとうまく胡麻化してほしい。その点、私はかなり演出(←“やらせ”とも言う)にエネルギーを使っている。)…そんなわけで、9歳の女の子たちがこんな会話をしていることが微笑ましかったり、「ちょっと幼すぎるのか?」と多少気になったり。

ずいずいのクラスには、「サンタさんなんていないよ。だって、うちは、クリスマスはいつもサンタさんからのプレゼントしか来ないもん。それって、たぶん、親がサンタさんのふりをしてプレゼントを買っているからでしょ? 本当にサンタさんがプレゼントを持ってきているのなら、パパやママからは別にプレゼントがもらえるはずでしょ?」という説を主張している子もいたのだそう。その子は、ずいずいが、「うちはサンタさんとは別に、パパからもママからもプレゼントもらえるよ?サンタさんと親は関係ないんじゃない?クリスマスに親からプレゼントをもらえるかどうかは、その家庭の方針によるんじゃない?」と言ったら、驚愕していたそう。可愛いなぁ…(笑)。

ところで、ずいずいの今年のお願いレターだが、こんなふう。「サンタさんへ いつもありがとうございます。今年は、できれば、チョッパーのグッズがほしいです。サンタさんが、それよりも私にあげたいというものがあれば、それでもいいのですが、もしもかまわなかったら、チョッパーのものをおねがいします。チョッパーは、ワンピースというマンガのとうじょう人物の1人です。よろしくお願いします。いつもお手紙が日本語で読みにくくてすみません。」……いいのか、そんなんで?

くらげのストラップ

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しばらく前、ずいずいの授業参観に行った日、休憩時間に、ずいずいが同じクラスの子と手をつないで廊下にいる私のところにやってきた。お友だちが、「ずいずいちゃんのお母様ってどんな人?会ってみたい」というので、連れて来たのだそう。簡単に挨拶をした後、2人は教室に戻って行ったのだけど、それからこんな会話をしたのだとか。

お友だち「ずいずいちゃんのお母さんって、思ってたより普通の人っぽかった」

ずいずい「え?そう?どんな人を想像してたの?」

友「んーとね、もっとなんか、天才っぽくて変人っぽいお母さんを想像してたの」

ず「普通のお母さんだと思うよ。あ、でも、普通のお母さんってどんなんだろう? うちのお母さんはいつも淡々としてて、何を言っても『そんなの全然たいした問題ではない』『そんな小っちゃいことでガタガタ騒ぐな、みっともない』って言うの。『まぁ、どうしましょう?』とか『パパに相談してみないと分からないわ…』みたいなお母さんじゃないの」

友「ふーん。だからずいずいちゃんも、なにがあってもビックリしないで淡々としているの?」

ず「ううん、あんまり顔には出ないのかもしれないけど、私はすぐにビックリしてパニックを起こしちゃうの。ばぁばに似てるの。でも、お母さんに育てられてるから、だんだんお母さんっぽくなっていくかもしれない」

友「ふーん。でも、芯が強いってだけで、それ以外は普通っぽく見えるお母さんだったね。…それじゃ、お父さんが変わり者なの? 天才? ガリ勉? 不思議な人?」

ず「………。」

……他にも数人、同じようなことを言っていたクラスメイトがいるのだそう。つまり、ずいずいは、「変わり者の親に育てられている、変わってる子」という印象を複数のクラスメイトに持たれてるってことなんだろう。

「読む本の好みがちょっと変わってる」「見ているTV番組もなんか違う」「戦国武将オタクらしい」「何を考えてるか顔に出ないからよく分かんない」「集中している時は10回くらい呼ばないと気づいてくれない」「お弁当のごはんも雑穀米だし、胡麻和えとかしょっちゅう入ってるし、有機栽培とか、自然食とか、なんかそういうお母さんなのかも」「体育が超・超・超苦手なんだね」「おうちで超ガリ勉してるんじゃない?」等々、色々言われているそうで、そういうことすべてひっくるめて、「ちょっと変わった子」ってことになっているのかも。

写真は、最近ずいずいが集めている「くらげストラップ」の中の1つ。シリコン樹脂で出来ていて、手触りはぶにょぶにょ。形はけっこうリアルで、中にはすごく気持ち悪いものも。こういうのを見てニタニタしたり、「織田信長があの時死んでなかったら、日本はもっと堂々とした面白い国になっていたかもしれないのに、明智光秀のバカ!」…とかって熱く語っちゃうような9歳女児だから、確かにちょっと変わり者扱いされても仕方ないかも。まぁ、苛められているわけではないようだから、別にいいや。「変わり者扱いされてるけど、苛められてるわけではない」って、小学校くらいの子たちの間では、実はけっこう稀少でありがたい環境なんだと思う。最近の子って、すぐに異質なものや理解できないものを排除しようとするから。ずいずいのお友だちに感謝。

BBQ

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土曜日、ヲットの職場の方々とBBQパーティーを。場所は、某所にある公務員住宅のルーフバルコニー。最初は公園のキャンプ場を借りる予定だったのですが、結局こちらのほうが何かと融通がきいて便利でした。足りない調理器具はちゃちゃっと調達できたし、スーパーやコンビニも近かったし、なにより、ちびっこ達が迷子になる心配がなかったので。

せっかくのお休みの日、朝イチから買い出しのお手伝いをしてくれたのは、若い衆①さん(「巨人の星」の伴宇太タイプ。無口で真面目系)と、若い衆②さん(ちょっと「ルーキーズ」の市原隼人が入ってる感じのニコニコ系さん)の、野球系コンビ。今時の若い人には珍しいくらいピュアで実直な感じの方々でした。

シェフ役は、小学生の頃から長年ボーイスカウトに所属していたという野外料理の達人。炭火の調節から、食材を焼く段取りなど、実にテキパキ。お鍋と炭火だけで、それはそれは上手にローストビーフを焼き上げてくれました。50分ほどかけてじっくり焼き上げ、その後、アルミホイルで包んで30分ほど寝かせ、肉が落ち着いてからスライス。ビストロ顔負けの手作りのソース(赤ワインと生クリームを弱火でじっくり煮詰め、アルコールを飛ばして作る)でいただきました。

唯一の女性スタッフの方は、ベビーシッターとして活躍。初めて顔を合わせる奥さんたちは、最初は少し緊張して遠慮がちだったものの、徐々にリラックスして楽しんでくれたようでした。

ヲットからこの計画を聞かされ、「20人くらい来ると思う」と言われた時は、正直、「本当にそんなに来るの?フタを開けてみたら参加者少なくて、ヲット、軽く凹んだりするんじゃないだろーか?」と、少し心配していた私。だって、あの俺様君の顔を、お休みの日にまで見たいと思う奇特な方々が、そう何人もいるとは思えなかったから。でも、結局、総勢30名くらい参加してくれました。そして私は、ヲットが、参加者1人1人や、その奥さん・お子さんたち全員に声をかけ、気を配っている様子を、「…なんだよやれば出来るんじゃん。…てか、その気配りを、なぜ自分の妻子に向けない!?」と、不思議な気分で眺めておりました。(本人は、そんな妻の思いはつゆほども知らず、4~5歳くらいの小さい女の子にラブレターをもらって、「にょほ~♪若い女の子はいいねぇ…」とはしゃいでいた。)

途中、ヲットともう1人の方が、小さい声で話をしているのに聞き耳を立てていたら、「たまにはこういう機会もいいですね。オレらが普段接しているのって、とんでもない家族が多いから」「そうそう。ああいうぶっ壊れた家族ばかり見ていたら、若いヤツらは家庭持つのが怖くなるんじゃないかと思いますよ。たまには普通の家族を見て、穏やかな空気も味わった方がいい」なんてことを話していました。うちが普通で穏やかな家族かどうかは甚だ疑問が残るところではあるけれど、なるほど、この人たちはそういうことを考えているのねー、と思って聞いていたのでした。

終了後、夕方、義父母宅に寄ったら、義父は、ウナギを食べに連れていってくれるつもりで待ち構えていました(ヲットとずいずいはウナギ好き)。でも、大量の肉でおなかが膨らんだずいずいは「まだおなかいっぱいで何も食べられそうにない…」と言うし、もともと風邪気味だった上、皆に気を使ってエネルギーを使い果たした様子のヲットは寝転んでイビキをかきはじめてしまうし…で、ウナギはまた今度ということに。“週末だし、美味しいものを飲み食いしてゆっくり話をしようモード”になっていた義父のため、私は急きょボジョレー・ヌーボーを買いに走り、義父と2人で乾杯をし、数時間おしゃべりにつきあったのでした。

BBQの時に私が撮影したスナップ写真は、昨夜のうちにプリントして、それぞれの方々宛てに封筒に小分けしました。皆さん、せっかくのお休みの日に参加して盛り上げてくださったので、ささやかながら御礼のつもり。日数がたってしまってからではなく、すぐにお渡しした方がいいと思って。

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もーやめて、“ゆとり”。


こんな↓ニュースを見た。

≪小学校に入学したばかりの児童が学校の集団生活に適応できない、いわゆる「小1プロブレム」の解消を目指し、文部科学省の有識者会議がまとめた幼稚園・保育所と小学校が連携するための基本方針が11日、明らかになった。幼稚園・保育所と小学校の教職員による合同研修の実施や、1コマ45分間の授業を、小学校低学年では15―20分程度の2、3コマに分割するといったカリキュラムの改善などを提言している。≫


15―20分の授業っていうけど、小さい子どもたちだったら、始業のチャイムが鳴ってから席につき、頭が勉強モードに落ち着くまで、5―10分かかったりしちゃうよ。そんなこま切れにして、一体どんだけ中身のある授業が出来るっていうんだろう?

…てか、45分ちゃんと授業を受けていられる子どもたちのことは考えてくれてます? その子たちの“学ぶ権利”は犠牲になるわけ? 

ゆとり教育がさまざまな弊害を生み出したことに多くの人々が気づいて、今、それを挽回するために教育の現場は苦労してるんでしょーに。また同じことをするの?

3年生で学んでいたことを4年生に先送りにするとか、学ぶべき内容を減らして教科書を薄くするとか、45分集中できない子がいるから授業をこま切れにするとか、なんでそういうふうに、小手先だけの対応をするかなぁ? 

45分集中できない子は、15分なら集中できるってわけじゃないんだよ。もっと別の形でのサポートが必要なんだよ。円周率を「3」にする前に、「3.14」という少数の計算が苦手な子に、どんなふうに指導していけばいいかを研究しろってんですよ。

なんか…  なんかもう…  バカが多くてイヤだーーーーっ!!!

味の濃い(?)子どもたちに捧げる日記。

お人形さんみたいに綺麗で、空気を読むのも上手で、芸能界における自分の立ち位置をちゃんと把握していて、うちの近所の淋しいパチンコ屋にまで営業に来ていた、私の大好きな(←オヤジか?)ほしのあきちゃんに結婚話が出ている。(いや、その話は実は今日の日記には関係ないのだが…)

相手は三浦皇成騎手。彼は3歳の頃に牧場で馬を見て以来、ずっと、騎手になるために努力を続けてきたのだという。幼稚園の頃から1日100回の腹筋運動を欠かさず、コンパクトな身体でいるためにお菓子の食べ過ぎに注意したり、背が大きくなりすぎないように押し入れで寝たりと、涙ぐましいほど真剣に取り組んできたのだと、TVで誰かが言っていた。で、それを聞いていた他の出演者たちが、「へーーーっ。やっぱり何かに抜きんでる人というのは小さい頃から違うものなんですねー」なんて感心していた。

イチローが幼い頃からチチローに鍛えられてきたというのは有名な話。五嶋みどり&龍の姉弟も、1/32というウクレレよりも小さなヴァイオリンで、幼いころから母親のスパルタ教育を受けてきたことが良く知られている。柔道の古賀稔彦は、小学生の頃から毎朝父親に早朝トレーニングを課されていて、誰もいないゴルフ場で坂道ダッシュをし、池の周りをランニングし、さらに近所の神社の石段(150段)を7回往復するメニューをこなしていたという。

スポーツや芸術だと、幼い頃から英才教育を施されていても、「すごいなぁ」「よく頑張ったわねぇ」などと称賛されることが多いのに、これが勉強になると、「あんな小さいうちから可哀想に…」「今からそんなにシャカリキになって、どうするつもりなのかしら?」などと、とたんに否定的なまなざしを向けられるのはどうしてだろう? 

どうも世の中には、「勉強」は、「苦しいもの」「無理や我慢をしてイヤイヤこなすもの」「無理矢理やらされているもの」という先入観があるんじゃないだろうか?

どんなに苦しくても、腹筋運動や、バットの素振りや、石段の往復や、楽器の練習を止めない子がいる。彼らにとっては、練習の苦しさよりも、それを止めてしまうこと、夢を諦めてしまうことの方が辛いのだと思う。…それと同じように、小難しい本ばかり読むことや、マニアックな知識を身につけることや、ガンガンと問題集を征服することなどに喜びを感じている子だって、少数ながら、いるのだ。そういうことを分かってない大人たちが多すぎるように思う。子どもってのは、皆、闘いごっこだの、ドッジボールだの、野球やサッカーだのが大好きな、パワフルでアグレッシヴな生きもの…という決めつけが強すぎやしないだろうか?

もちろん、成長期の子どもだから、偏り過ぎは困る。体育会系の子だって最低限の勉強はするべきだし、文化系・頭脳系の子だって、最低限の運動や体作りは必要。…でも、親や周囲の人間がそのバランスに注意してさえいれば、あとはもう、好きなことを極めさせてあげたらいいんじゃないかと思う。

世界的に活躍しているスポーツ選手や演奏家の多くは、“普通の子とはちょっと違う子ども時代”を過ごしてきたらしい。ならば、“普通の子とはちょっと違う頭脳派の子ども”のことだって、もっともっと、温かい目で見守ってあげたらいいんじゃないだろうか?歴史に名を残した科学者たちは、その多くが、かなりヘンテコな子どもだったという。ノーベル賞(特に理系の)受賞者のメンツを見れば、「この人たち、決してバランスの良い人物ではないだろうなぁ。かつては、かなり育てにくい子どもだったんだろうな」ってことが、失礼ながら見てとれる。

礼儀正しくて、愛想も良くて、全教科まんべんなく良い成績をとって、運動もできて、人望も厚くて人気があって……というような“優等生くん”が、大人になってから挫折を味わって壊れてしまったり、壊れないまでも、“可も無く不可も無いようなそこそこの人生”を歩んでいたり…ってこと、けっこうある。(まあ、可も無く不可もない人生も、それはそれで幸せだと思うから、否定はしない。)学校の中で優等生くんでいることと、将来人の役に立つ人間になるのかどうか、幸せになるのかどうかは、はっきり言って、ほとんど関係なかったりする。優等生くんは、大人になってから、案外薄味でつまんない人になったりもしてる。

元素記号にうっとりする、忘れ物大王の小学生がいたっていいじゃないか。跳び箱が跳べない昆虫博士、上等じゃないか。サンリオよりも戦国武将や論語に傾倒している小学生女子がいたっていいじゃないか。

昨日、ずいずいの学校の授業参観があった。相変わらず、「この問題の答えが分かった人は手を挙げて―」「計算が済んだ人は手を挙げて―」と言われても、まったく手を挙げる様子がない。机の上のノートを覗きこむと、ちゃんと正しい答えが書いてあるにも関わらず(彼女がこういうことをするのには、いくつか理由があるのだが…)。「ママが見に来てるんだから、ここはひとつ、シャキっと手を挙げて、ちょっとはいいところを見せてあげよう♪」なんて気配は微塵も感じられない。廊下に貼りだされている書道の作品を見ると、謙遜でもなんでもなく、明らかに、クラスで一番字が汚い(…本当にひどい)。先月の運動会では、ダンスでも徒競争でも、そのとろさを遺憾なく発揮して笑かしてくれた。保護者が集まる場では、なんとも張り合いがないというか、親の見栄を満足させてくれない子である(笑)。

でも、彼女には、異常ともいえるほどの集中力やマニアックな記憶力があることを、私は知っている。まだ4歳の頃に、ヴァイオリンがうまく弾けないといって泣きながら4時間も練習したことも。分厚い「妖怪大全」に出てくる妖怪のほとんどを記憶していることも。「○年前の○月○日に、ママが○○デパートの○階で見ていた○○を、私が大人になったら買ってあげるね」なんて言ってくれることも(そんないつまでも同じものが売られているとは思えないが…)。授業中はまったく覇気が感じられない子だけれど、家庭学習は決して嫌がらずにコツコツとこなしていることも。持ち帰るテストの点数は概ね満点か、それに近い点数であることも。…それらのすべてが、将来、ずいずいを支える力になり得るものだと思っている。

学校の中で、主役になれなくてもいいよ、優等生になれなくてもいいよ、と思う。将来、やりたいことをやって、ごはんを食べて、機嫌よく生きていかれる人になってくれればいい。(でも、出来るものなら、文字はもうちょっと丁寧に書いてほしい…)

大丈夫か、私?


ここ1~2週間で体験していることは、今までに経験のなかったこと。

先日、声優の野沢那智さんが亡くなったというニュースを最初に耳にした時、「なんでいまさらニュースになるの? あの人、ずいぶん前に亡くなったのに…」と思ってしまった。野沢那智さんの訃報を、3年ほど前にTVのニュースで見たと記憶していたから。…でも、どうやらそれは私の思い違いだったらしい。

今日、作家の佐野洋子さんが亡くなったというニュースをネットで知った。でも、私の記憶の中では、佐野さんは3年ほど前に亡くなっているのだ。「『100万回生きたねこ』作者の佐野洋子さん死去」というタイトルの記事を、確かに見たと記憶している。

どちらも、“記憶している”としか言いようがないのだ。夢で見たようにおぼろげな記憶ではなく、実際に起きた出来事と同じような精度で頭の中に残っている。

私の頭がおかしいのだろうか? 何らかの理由で、現実と夢の区別がつきにくくなっている? 脳の老化現象の一種? それともなにか病的なもの? 

実は、あと2人、気になっている方々がいる。1人は芸能人、1人は文筆業の方で、どちらも男性。その方々もまた、私の記憶の中では、3年くらい前に亡くなっているはずなのだ。なのに、お1人は最近TVで、もうお1人はツイッターでお見かけして、「え? …この人、死んだんじゃなかったっけ?」と、とてもビックリした。芸能人の方は、ワイドショーで訃報のニュースを見て、その方が出演された映画のワンシーンがオンエアされていたことを“覚えている”し、文筆業の方は、その方の訃報を知らせる新聞記事のレイアウトまで“覚えている”のだ。

……大丈夫か、私?

君はひとり、大人になればいい。

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ひとの心を傷つけて
喜ぶ心さびしき者に
聞く耳はなかろうから、
中傷された君に言う。
蠅たちの集まりでは、
蝶も「キモイ」と
陰口をたたかれるだろう。
心ない者たちのうちにも
自分と同じ美しさを探しつつ、
君はひとり、
大人になればいい。

~読売新聞朝刊コラムより


小学4年生の頃、しばらく学校に行かなかった。苛められていたわけではなくて、担任のことが大嫌いだったのだ。

成績の悪い子や、家庭が貧しくて身なりが粗末な子などを、遠まわしに皮肉って面白がるところがある人だった。教室という隔離された空間で9歳や10歳の子どもに意地の悪いことを言うことでしか晴らせない鬱憤なりコンプレックスなりがある人だったのかもしれない。

皮肉られていた子たちは、あまりにも幼くて純朴で、自分が担任に苛められていることにさえ気づかないような子ばかりだった。珍しく先生に話しかけられたことがなんとなく照れくさいような様子で、ニコニコと笑っていたりして、その様子が余計にせつなかった。私はませガキだったから、担任の心の中に潜む黒い部分に気づいていたのだ。そして、学校に行けなくなった。

理由を話したら、母は、「分かった。そういうことなら、気持ちが元気を取り戻すまで、無理に学校に行かなくていいから」と言ってくれた。たぶん、学校には相談していたんだろう、ある日、自宅に校長先生が訪ねてきた。

「君の気持ちは、先生もよく分かった。でもね、学校も、会社も、世の中は、好きな人ばかりで集まっているわけにはいかないんだ。相性の悪い人ともなんとかやっていかなくちゃならない時もあるし、好きじゃない人と顔を突き合わせていなければならないこともある。でもね、それは永遠に続くわけじゃないんだよ。君がS先生のクラスにいるのだって、あと半年だけだしね。S先生には、校長先生からも話をしたよ。これから少しは気をつけてくれると思う。ただ、人間って、40歳や50歳になってから、急に変わるのって、けっこう難しいんだよね。だからS先生も、少しずつしか変われないかもしれないんだ。…難しいお願いかもしれないけど、君なら出来ると思うから、校長先生は本音で話すよ?…S先生がなかなか変われなかったとしても、君の方が先に大人になっちゃうことは出来るんじゃないかな?…うまくやれない大人や、相性の悪い大人とも、つかず離れず、君ならうまくやれるんじゃないかな?それでも悲しくなっちゃったり頭にきちゃったりした時は、いつでも校長室にいらっしゃい。文句を言っても、本を読んでるだけでも、なにをしててもいいから。いつ来てもいいから」

あのやり方が、校長としてベストだったのかどうかは分からない。でも、その翌々日から、私は学校に行けるようになった。(翌日から行かなかったのは、校長先生の話を聞いてすぐに態度を変えて登校するのは、なんとなくカッコ悪いというか、決まりが悪いような気がしたから。)

周りよりも、少し早く、大人になるしかない子どもって、きっといるんだろう。それが幸せか不幸せかは分からないけれど、大人になってしまったほうが学校の中で楽に呼吸できるのだったら、そうするしかないじゃないか。

「先生」と呼ばれていたのだった、昔は。


若い頃、日本語学校で日本語教師をしていた。教師養成学校を経て採用試験に合格したら、初日からいきなり1人で授業をすることになった。ほやほやの若葉マークなのに、初日から、生徒さんたちは、私のことを「先生」と呼んだ。

「先生、“角(すみ)”と“角(かど)”の違いはなんですか?」「先生、“やっと父が死んだ”という作文は、なぜ○ではなく△なのですか? “とうとう”や“ついに”と、“やっと”は、何が違うのですか?」「先生、“曲がる”と“折れる”の違いはなんですか?」「先生、“私は”と、“私が”の違いはなんですか?」「先生、標準語でなく大阪弁の動詞の活用も教えてください。私は大阪の大学院に進む予定なんです」…怒涛のように押し寄せる質問。的確に答えられないと、あからさまに、「ダメじゃん、この先生…」という顔をされる。毎晩毎晩、2~3時間かけて授業の準備をしていた。

授業の合間の休み時間ともなると、生徒さん達が色々話しかけてくる。「先生は靖国神社についてどう思いますか?」「先生はイスラムの“喜捨”を知っていますか?」「先生は南京大虐殺についてどう思いますか?」「日本はアジアなのに、なぜアメリカばかり見ているのですか?」etc.…。23~24歳のコムスメには歯ごたえのありすぎる話題も多かった。それまで読んだことのないジャンルの本も、泥縄式に読まざるを得なくなった。

無我夢中の数週間を過ぎた頃、ふと、恐ろしくなった。私が下手な指導をしたら、私が過ちを犯したら、いったい誰がそれを指摘して矯正してくれるんだろう、と。…誰もいないのだった。

日本語学校は、それでも、生徒さん達が成人だったから、まだ良かった。相手は大人だし、大半の日本人よりもお金や時間にシビアな人たちだったから、私に至らないところがあれば、事務所にクレームをつけたり、他のクラスへの転入希望を出したり、自分でさっさと行動していた。

でも、小学校や中学校の先生たちは違う。相手は子どもだ。そして今日びは、その後ろに、どんなモンスターペアレントが控えているか分からない。勉強を教えるだけでなく、学級運営もしていかなければならないし、落ちこぼれそうな子がいたらすくい上げなければならない。もちろん、新卒の先生には指導役の先輩先生がつくのだろうけれど、ほとんどの場合、指導役の先生も自分のクラスを持っているから、つきっきりで指導してもらえるわけではない。

日本語教師を辞めてまもなく、ある企業の会社員になった。そこで私は壮絶に先輩からしごかれた。それこそ、一挙手一投足をチェックされた。電話の応対が悪い、指示されたことへの対応が遅い、書類の管理の仕方が悪い、伝言メモの書き方が分かりにくい、オドオドしゃべるな、報告書の内容が散漫すぎる、ロッカーの中の私物が多い、机の上が片づいていない、朝はもっと早く出社しろ、雑巾の絞り方が甘い、提案がある場合はいきなり会議で発言するのでなく他部署への根回しを事前にしておくものだ、etc.…。社内でも有名な厳しい先輩で、怒り方もハンパじゃなかったから、慣れるまではそりゃーもう胃が痛かった。毎朝毎朝、「今日こそ欠勤してしまおうか?次の駅で降りてしまおうか?」「いつ辞めよう?どんなふうに辞めよう?」…と考えながら、ものすごく暗い気持ちで電車に揺られていた。

でも、今なら分かる。学生気分が抜けず、社会人としてのスキルなんかまったくなかった私が、今でもなんとか仕事をしてごはんを食べていけるのは、あの日々があったからなのだ。1人の新入社員を一人前にするということは、嫌われることも覚悟して腹を据えて取り組まなければ成し遂げられないような大仕事なのだ。

学校の先生は、新米だろうが未熟だろうが、その仕事ぶりを、一挙手一投足を、発する言葉の一つ一つを、身近で見ていて細かく指導してくれる人なんていない。新人にあそこまで仕事を丸投げしてしまう職業って、そうそうないと思う。

大ベテランも新人も、まったく同じ内容の仕事を任されている。向上心を持って努力し続けている先生でも、忙しさに流されてただ歳月だけを重ねている先生でも、同じように、数十人の子どもの頭脳と人生を預かってしまうのだ。…なんという責任…。なんという怖ろしさ…。

子どもたちの学力が伸び悩んでいたり、クラス内に苛めが発生していたりして、「このままでいいとは思っていないけど、でも、どうすりゃいーんだよ一体?」と途方にくれている先生も多いのではないだろうか? モンスターペアレントを恐れるあまり、厳しく指導すべき場面でも力を緩めてしまっている先生がいるのでは? 生意気で言うことを聞かない子どもたちとのコミュニケーションに苦労し、まるで迎合するかのようにブラックユーモア(…のつもりの出来そこない)を採り入れ、「死ぬ」「殺す」なんていう行き過ぎた言葉で練習問題を作ってしまったり、「セクハラサイコロ」を作ってしまったりするんじゃないだろうか?

一般企業で新人が使い物になるまでには、3年、5年、時には10年なんていう時間がかかる。“先生”と呼ばれる人たちにだって、社会人として鍛え、育ててもらえるようなシステムが絶対に必要なのだと思う。

小学6年生の、あの女の子に。



自殺者の魂はなかなか安らかに眠れないのだと、いつか聞いたことがある。でも、亡くなったのが幼い子どもだった場合は、そうではありませんように…と思う。

「なにも死んでしまうことはなかったのに…」「どうせあと数か月で卒業だったのに…」と言う人も多い。でも、小さい女の子の心は、もうこれ以上耐えられないと思うくらい痛かったんだろう。「学校なんか休んじゃえばよかったのに…」と言う意見も多い。確かにそうなんだけれど、あの子は、「でも、行かなきゃ…」と思ってしまっていたんだろう。

せめて今は、綺麗で心地よい場所、優しい歌が聴こえる場所にいてほしいと思う。亡くなってしまう直前は、辛すぎて気付く余裕が無かったのかもしれないけれど、お父さんやお母さんが確かに自分を愛してくれていたこと、「健やかに育て」「幸せになれ」と願っていたのだということを、思い出してくれるといいな、と思う。


10回以上も学校に相談に行き、SOSを出し続けたというお父さんや、自殺を図った我が子をその目で見つけてしまったお母さんの気持ちを思ったら、なんだか眠れなくなってしまった。親以外に、せめてあと1人か2人だけでも親身になって対応してくれる大人がいたら、女の子1人の命くらい救えたんじゃないだろうか?


貧しい国でも、戦争をしている国でも、大人が子どもをしっかり守ってくれるとは限らない国でも。世界中の子どもが、せめて1日に1度は、心から笑うことが出来ますように。

もしも我が子が同じように追い詰められる事があったら、「学校なんて行かなくていい。なんにも心配しなくていいから」と、堂々と言ってやれる自分でありますように。

目標は皇后様?~品が良いということ~


数年前、“品格”ブームがあったけど、そもそも“品”ってなんなんだろう?…各々の価値観によって誤差はあるに決まっているけど、“上品”の最大公約数を求めたら、一体どんな人物像が浮かぶんだろう?

先日、ずいずいが、「うちは貧乏なの?」と、真顔で訊いてきた。「私の学費やお稽古事にお金がかかりすぎているの?だってママ、新しいお洋服全然買わないじゃない」と。

「決してお金持ちじゃないことは確か。もしかしたら、いや、たぶん、あなたの学校に通っている子たちの家庭の中では、うちが一番貧乏かもしれない」と、私は話した。でも、次のように付け加えた。「ただ、あなたに合っている学校に行かせる費用くらいは、パパとママがなんとかしてあげるから、あなたは心配なんかしなくていい。余分なお金がザクザクあるわけじゃないけど、制服が買えないとか学用品が揃えられないとか修学旅行に行けないとか、あなたが惨めな思いをするようなことにはならないから。むしろ、お洋服や持ち物が全部決まっているから、競争にならなくてありがたいわよ。」

それから、折に触れ、「“貧乏”と“貧乏臭い”ことは違う。お金持ちでも貧乏臭い人や下品な人はいる。うちはお金持ちじゃないけど、あなたを貧乏臭い子や下品な子にしないように、ママはすごく気を使っているのだ。どんなお金持ちのお嬢様と並んだって恥ずかしく思わないで済むような女の子に育ててあげるから心配いらない」ということも伝えている。(暗示にかけるつもりで、さも自信たっぷりな様子で。実はたいした根拠なんかないんだけど。)

貧乏臭くないこと。下品じゃないこと。悪目立ちしないこと。…そのために、いわゆる“趣味の良い”服装や持ち物を選ぶことや、いざという時は正しい敬語を話せるようになることや、成長期に必要な本を読むことや、綺麗なもの(音楽や美術や道具)に触れることや、良いレストランに行っても気後れしないでお行儀良く食事を楽しめること、等々、我が家なりに、出来る範囲で、やってあげているつもり。

お金も不動産も残してあげられそうにないので、ずいずいには“経験”を与えてあげたいと思っている。思い出、プライスレス…ってやつ?(笑)。まぁ、そうは言っても、母親がこの私、父親があのヲットなので、限界はあるのだが。

ところで義父は、美智子皇后様の大ファンだ。お酒が入ると、しばしば、美智子様礼讃が始まる。「賢いし、品があるし、肝は据わっているし、世界中の女王様やファーストレディの中でもピカイチだ」と。それを繰り返し耳にしているせいか、ずいずいの中では、「品の良い人」の見本が、「愛子ちゃんのおばあちゃま」というイメージが固まりつつあるようだ。

亡くなった私の母方の祖母は、「人様に心配をかけるのは下品なこと」と言っていた。「あっちが痛い、こっちが具合が悪いと吹聴するばかりで、きちんと治療しないのは下品なことよ。騒がないでさっさと病院に行くこと!」とか、「いくら自分は大丈夫だとか、ファッションだからとか言っても、真冬に寒々しい格好をして周りの人に気を使わせるのは、女性として品の悪い振る舞い。そもそも女は体を冷やしちゃダメ。ちゃんと温かく見える格好をして周りに余計な心配をかけないのがたしなみというものです」とか。そういうことも少しずつ噛み砕いて、ずいずいに聞かせるようにしている。(まだまだ未熟な自分自身にも言い聞かせつつ。)

テレビ番組で、CMの直前に、目一杯思わせぶりに引っ張ることがよくあるが(最近それが特にあざとくて気になる)、ずいずいはあれが大嫌い。「そうまでして見てほしいのか!?下品だな、って思っちゃう。内容が良ければ、あんなことされなくたってちゃんと見るもん」と言う。「思わせぶりな態度は下品だと思う」と。ずいずいの中では、あれは下品なカテゴリーに属する振る舞いらしい(笑)。

昨日は、「今日ね、学校で、こういう事があって泣いちゃったの。でも、トイレで、誰にも見られないようにして泣いたの」と言っていた。「どうしてわざわざトイレで泣いたの?」と訊くと、「みんなの前で不機嫌にして雰囲気を壊したり心配かけたりしちゃいけない、『かまってほしい』みたいな態度は品が悪いって、ママいつも言ってるじゃない」と言う。

「どうしても辛い時は、我慢しすぎる必要はないんだよ?泣き寝入りすることで悪化する出来事ってのも、時にはあるからね」と言ったのだが、「うん、でも、ちょっとだけ泣いたら我慢出来そうなことだったから。みんなの前で泣くと、みんなが『どうしたの?何があったの?』って訊くでしょう?そしたら理由を言わなきゃいけないでしょう?そしたら誰かの悪口を言わなくちゃいけなくなっちゃうの。そうすると、もっと面倒くさいことになりそうだったから」と説明していた。「『どうしたの?』ってかまってほしくて泣いてみせたり、思わせぶりなことを言ったりするような子だって思われたくないの。そういうのって、分かる子には分かっちゃうから。そんなの子どもっぽいし、下品でしょ。品の良い大人は、きっとそんなことはしないと思うんだよね。皇后様なんか絶対しないと思うよ」と。

子どもっぽいもなにも、オマエはまだ子どもなんだから、あんまり頑張り過ぎなくても…とも思ったが、ずいずいの中に、彼女なりのスタイルというか、美学の芽のようなものが芽生えているようだったので、その心意気や良しと思い、「そっか、色々あるけど頑張ってるんだね。良し良し!」とだけ言って、ハグしておいた(ずいずいの一番好きな誉められ方は、ハグされることだから)。

方向は間違っていないと思う。こうやって、彼女なりに、品の良さとか品格とかいうものを考えていってくれればいい。私も、いつか娘に幻滅されないよう、ちゃんと考えよう。

まだまだ課題は多いけど、なかなか良い子に育ってるじゃないか。うん、ずいずいはいい子だ。(←親バカ)

オルゴールの中のバレリーナ

マイミクの浅間の風さんが、浅田真央ちゃんの演技は観音様か菩薩のようだと日記に書いていた。…確かに…。

スケートはスポーツだから、ジャンプの出来不出来や点数や順位にどうしても目が行ってしまうし、点が伸びなければ悔しいと思ってしまう。でも、小賢しさや計算や野心が見え隠れしてしまう選手より、真央ちゃんのほうが、掛け値なしにスケートを愛しているのだということが伝わってくる。純粋とか無垢とかいうものがもたらす品のようなものがある。

真央ちゃんのこと、何かに似ているとずっと気になっていたけど、今日分かった。小さい頃に持っていたオルゴール。蓋を開けると「白鳥の湖」のメロディーが流れて、小さなバレリーナのお人形がクルクル回って踊っていた。あのバレリーナに似てるんだ。

「ビックリさせてやろう」「技術を見せつけてやろう」「高得点を叩き出してやろう」…みたいなところから少し離れた、もっと空間が澄んでいる場所で、くるくると舞い踊る真央ちゃん。まるで氷の妖精みたいだ。「好き」っていう気持ちだけで滑っている舞姫。

ピュアなものの持つ力って、すごいなぁ。彼女はいつもスロースターターで、シーズンが進むにつれてどんどん良くなる。今シーズンも楽しみ。

ちょっと気弱になりそうな夜に。


同業者やデザイナーやカメラマンと話をすると、現役でいること、アンテナを立てていることの大変さが必ず話題に出る。「俺ら、いつまで現役でいられるんだろうな?」って。広告は、旬のもの。積み重ねてきたキャリアや信頼関係より、“今の消費者に訴える力”の方が重視される。年齢やキャリアに関係なく、商品をたくさん売る広告を作れるのが、いいコピーライターであり、デザイナーであり、カメラマンなのだ。キャリアが年収に直結する職業ではなく、むしろ、若手の新しいセンスの方に価値が見いだされる場合が多い職業かもしれない。

ずいずいを身ごもった時、ヲットは大学生だったから、一時は「シングルマザーとしてやっていくしかないかな。そのためには実家に戻るしかないのかも」と思っていた。でもその時、親しくしていたデザイナーのYさんに、「広告作る人間は東京の空気を吸ってないとダメだよ。なんとか踏ん張ってこっちに残りな」と言われた。東京の一流企業でプランナーをした後、広島に移ったFちゃんには、「広告や企画の世界は、あなたが思っている以上に東京と地方の差が大きい。細い糸でも、いま手の中にあるのなら、手放しちゃダメ、絶対に!」と言われた。(Fちゃんはその後、ものすごく頑張って、また東京に戻ってきた。)

過去のヒット曲だけで、大御所とかご意見番とか言われている歌手が、私は好きではない。「あの仕事は僕がやったんだよ」と、訊かれてもいないのに吹聴する同業者も、当時の実績に対して一定の敬意を払いはするものの、「それをいま言っちゃうアナタはあんまり格好良くないや」と思う。

もちろん、ゴミゴミしたトーキョーや、業界特有の空気や、クライアントとの化かし合いに見切りをつけて、地方で静かな暮らしを手に入れた人の人生は、それはそれで祝福したいと思う。

でも、仕事の面で私を支えてくれているのは、しんどくても、なんとか続けている人。いつでも最新作について語れる人。そのために、若い頃よりもより意欲的・意識的に仕事に取り組んでいる人。そんな人たちにエールを送りつつ、私も彼らからエネルギーをもらっている。皆、所属はバラバラだけど、同じ時代を呼吸している同志だと思う。そんな人たちと一緒に働くために、私は、ガタゴトと電車に揺られて荒川を越え、トーキョーに出稼ぎに行くのだ。

今日みたいに、体調がいまいちで、ふと先のことが不安になって、「専業主婦って、かなり羨ましいよなぁ…」なんて思ってしまったりする夜は、そういう仕事仲間の声が聞きたくなる。