教養ってなに? ~たとえば、ハンプティ・ダンプティ

画像

3ヶ月くらい前だったろうか、ずいずいが、「ママ、教養ってなに? 一般常識のこと?」と質問してきた。

改めて訊かれると、自分でも、「教養ってなんだ?」と考え込んでしまう。確かに、一般的には「一般常識がある人=教養のある人」という解釈で問題はないと思う。でも、厳密に言うと、それだけじゃないよなぁ…とも思う。

私「確かに、“一般常識がある人・知識が豊富な人”を“教養がある人”と呼ぶ場面はすごく多いから、そういう解釈で特に問題はないと思う。でも、ママは、それだけじゃないとも思うんだよね。その、身に着けた一般常識を使って、人生をより深く楽しめるっていうか、より深く味わえる力のことを、“教養”って呼ぶんじゃないかなぁ?」

ず「……?」

私「たとえば、すごく有名な人の有名な言葉をもじったセリフが、ドラマやマンガで使われていたとするでしょう? その元ネタを知っている人にとっては、そのドラマやマンガはすごく面白いものになるけど、元ネタを知らない人は、何のことだか分からないよね? キリスト教圏の国々では、聖書の言葉をアレンジした文章に多く出会うし、英語圏の国々では、マザーグースって呼ばれるイギリスの古いわらべ歌の歌詞が詩や小説の一部に登場することも多いの。でも、聖書やマザーグースを知らなかったら、それをアレンジした文章を読んでも、ピンとこないでしょう?」

ず「うんうん…」

私「古いたとえ話になっちゃうんだけど、昔ね、現職のアメリカの大統領が、政治スキャンダルで辞任に追い込まれた事件があったの。ニクソン大統領って人だったんだけど。アメリカだけじゃなく世界中が注目していたニュースで、ニクソン側も辞めなくて済むようにかなり粘ったんだけど、ついに辞めるしかなくなってしまったの。そのことが決定的になった日の翌朝、ある新聞の一面の見出しは、『All the government’s men…』とだけ、ものすごく大きな字で書かれていたの。“政府の役人全員が…大統領の側近全員が”…みたいな意味なんだけどさ。これの元ネタは、さっき言った、マザーグースの、ハンプティ・ダンプティの歌なんだよね。ハンプティ・ダンプティってのは、擬人化された卵の呼び名だって知ってるでしょ? 『ハンプティ・ダンプティ、塀の上に坐ってた。ハンプティ・ダンプティ、ぐしゃっと落っこちた。王様の馬を全部揃えても、王様の家来を全員集めても、もう、ハンプティ・ダンプティを元通りにすることはできなかったのさ』って歌詞なの。その、『all the king’s horses and all the king’s men…』っていうところをもじった表現なんだよね。たかがわらべ歌の一説なんだけど、それを知っている人は、『All the government’s men…』という一文を見ただけで、ぐしゃっと割れて元には戻らなくなった卵の様子が頭に浮かぶし、もう誰も大統領をかばってあげることが出来ないところまで大統領が追い詰められてしまったんだ、政権が崩壊したんだ…と、事態の重さを瞬時に知ることが出来るわけよ。知っている人にとっては、そのくらい、凄味のある重~い一文になるというわけ。でも、知識や、それをアレンジする思考力の無い人が読んでも、そういうことはまったく感じないわけでしょ?」 

ず「なるほど~~~…」

私「単純に、ハンプティ・ダンプティの歌詞なら知ってるよ…ってだけじゃダメなんだと思うの。その歌詞を知っていて、なおかつ、その文章がその事件の終焉を知らせる新聞のトップ記事に使われたことの凄味みたいなものを味わうくらいのアレンジ力というか、思考力がないと、人生は薄味になってしまうと思わない? だから、ママは、あなたには、教養っていうのは、“知識”だけじゃなく、“知識をアレンジして人生を深く味わう力”だと思っていてほしいんだよね。もちろん、その大前提として、一般常識がないとお話しにならないんだけどさ」

ず「うん。ちょっと難しいけど、たぶん、分かったと思う」

私「そうやって、色々味わえるようになるために、“歴史でも文学でも宗教でも音楽でも絵画でも、このくらいのことは最低限知っておいたほうがいいですよ、たぶん”っていうのが“一般常識”と呼ばれるものだと思うのよ。世界文学全集に入ってるような物語は一通り読んでおくとか、世界的に名画や名曲と言われているものは一応知っておくとか、将来、楽しい人生を過ごすために、子どものうちからやれることは色々あるよ。ママがたまに見ているモンティ・パイソンっていうのは、イギリスで昔やってたお笑い番組なんだけど、聖書とかシェイクスピアとかの知識がない人が見たら、面白さが半分くらいしか分からないネタがあったりするしさ」

ず「元ネタを知らないとパロディの面白さは分かんないもんね」

私「そういうこと。知識ってのは、いくらあっても脳に格納しておけるから、邪魔にならないもんね。時と場合によっては、知っているのに知らないふりをすることで窮地から脱出したり、誰かに恥をかかせずに済んだり…みたいなことも出来るけど、知らないくせに知ったかぶりをすると…」

ず「イタいよね」

私「うん。逆に、恥をかいたり窮地に立たされたりするかも」


……とまあ、こういうようなことを話したのだけど、主旨は伝わったかな…。これからはどんどん脳が老化して考え方も固くなっていきがちだろうから、娘に追い越されないように、私も“教養”とやらをもっと身に着けないといけないなぁ…と思っているところ。


ず「教養のない大人は、人生、なにが楽しいんだろうね? たとえば、言っちゃ悪いけど……」

私「あなたが思い浮かべてる人は想像がつくけど、そういう話題をあえて避けるのも教養ある人のたしなみだと思うな~」

ず「なるほど~…(笑)」

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

かおり
2011年10月26日 17:52
なんとまあ高度な会話が楽しめるのでしょうか。息子と同い年とは覚えない。いや、年齢うんぬんではなく、やはりずいずいちゃんだから♪
英語のお仕事をしているので、その方向から考えてしまうのですが、語学も同じようなハードルがあります。いくら語彙を増やしても、文法を丸暗記しても、その言語を話す人たちの文化的背景をフォローするのは難しいのですよね。
その言語圏では当然のように触れている昔話、宗教的なエピソードや、家庭料理の名前とか。
日本語ででも、それ以外の言語ででも、この日記の中に登場する「教養」のようなものを、楽しく読んだり、聞いたり、見たりして、食べたり(!)して吸収できる人でありたいし、子供もそうであってほしいな、と思いました(^-^)
かおり
2011年10月26日 17:53
覚えない→思えない

です。失礼しました!
すもも
2011年10月26日 18:24
私なんて本当に教養はないのですが、母がそう言った事に熱心で、家には良質な本があふれてました。
 音楽のコンサートやクラッシクバレー等の公演も年に1以上は行きました。美術館も良く行きました。
(バブル時代の恩恵です。建築関係の会社を経営してました)

 私はダメでしたが、姉は芸術肌に育ちました。
何でも物を知ってるというのは尊敬に値します。

同じような事を子供に与えたいのですが、金銭的な問題の前に、子供の興味の壺に全く入らないようで、マザーグースをこの前読んであげたら、ガハガハ笑って、ぽいっと捨てられてしまいました。

教養を身につけると言う事は難しい事です。
つーじい
2011年10月26日 19:39
これさぁ、子どもの資質より、環境の、てか親の、特に母親の資質に大きく左右されるよね?

某N家のように、長男と次男の知的レベルに大きな差はなくて、嫁のタイプが両極端な場合、それぞれの娘たちがどのように仕上がるのか、外野は楽しみで仕方がない。

( ̄ー ̄)
浅間の風
2011年10月26日 20:45
私は嫁の立場ですが、夫の両親が存命の頃、私がとても気楽に嫁をしていられたのは、夫の両親と二人の姉が揃って教養ある人たちだったから。これに尽きると思っています。どんなに感謝してもし足りないぐらいです。できれば息子のお嫁さんにも同じように接してあげたいものです。
冬将軍
2011年10月27日 01:29
中々に教養のある会話をなさってますなぁ。
個人的に、これは大事だな、と思うことを追加で書かせて頂くと…。

教養があるから尊敬される存在とは限らず、教養にプラスして、それを正しく活かす人格が重要になり、また知識を学んでいる過程だからといって教養が無いなどと責められる類いのものではないということ。

知らないことを恥じ、学ぶことを諦めない志(こころざし)が、一番重要なことではないかと私は思うわけで…。

そのおかげで転職しても腐らずに、色々と興味のままに仕事を修得し続けていられるような気がします。

テレビだと私のお勧めはブラタモリですか。
アレも色々な知識と想像力で時を超え、その土地その土地の特徴から時代の流れを読み取るという深みのある番組です。
Yuki
2011年10月27日 06:49
いいねえ、こういう話し大好き!しかし懐かしい話しだ笑
さち
2011年10月27日 07:31
かおりん

教養って、ソフトがバリエーション豊かであることをさすのか、ソフトを使いこなすハードの能力のことをさすのか、はっきりしないのですが、どうあれ、その両方があったほうが人生は味わい深いものになるんだろうなぁ…って気がしますよね。親が直接与えてあげられる知識は少ないけれど、「こんなふうに経験値を積むんだよ」「こんなふうに物事を調べるんだよ」という、歩き方・身のこなし方みたいなものは、身につけさせてやりたいなぁって思ってます。
さち
2011年10月27日 07:38
すももっち

教育って、撒き餌をしたり、種を蒔いたりするようなものかもしれませんねぇ。どの餌に食いついてくるのか、蒔いた種がいつどんな形で芽を出すのか、まったく分からない。中には、蒔いてから30年くらいたってようやく芽を出すものもあれば、一生芽を出さずじまいのものもあるんでしょうね。実際、私も、子どもの頃に先生や祖母や母から教えられたまま全然興味を示さなかったことことが、30代や40代になってからようやく役立った…って経験をしてるし。

今はマザーグースの本をポイっと捨ててしまっていても、もしかしたら、何年も後で、「そういえば読んだことあったっけな、そういうの…」ってカタチで役に立つこともあるかも? 
さち
2011年10月27日 07:40
つーじい

またそーやって、静かな湖面に石を投げ込むような発言を……
さち
2011年10月27日 07:43
風さん

教養ある方々に囲まれて、気楽に過ごすことができて、さらに感謝している…っていうのは、風さんがやっぱり“そういう人”だからだと思います。同じ環境で、委縮したり困惑したりして、息苦しく感じる人もいると思うもの。
さち
2011年10月27日 07:47
閣下

その通りですね。知っていることをひけらかすバカ、知らないのに恥じることなく開き直るバカは、どちらも同じようにイタいと思います。
さち
2011年10月27日 07:50
Yukiさん

分かりやすい例がとっさに思いつかず、古いたとえ話になってしまいました~。

本当は、「聖☆おにいさん」のマンガは、仏教とキリスト教の知識が一通りなければ笑えないでしょ…というのが、私の中では最も分かりやすい例なのですが、カトリックの学校に通っている小学4年生には、その話はちょっと早いような気もして…w