「てんかん」と筒井康隆断筆事件

1993年9月、人気作家であった筒井康隆氏が、作家活動をやめると断筆宣言した。ことの起こりは、同年7月8日、日本てんかん協会が、角川書店発行『高校国語Ⅰ』に収録されていた「無人警察(筒井康隆:著)」がてんかんに対する差別を助長するとして削除を要求したことから。


「無人警察」のあらすじは、こんなふう。…… 近未来のある日ある時、主人公は、出勤の途中で巡査ロボットに出会う。巡査ロボットは小型の電子頭脳の他に、速度検査機・アルコール摂取量探知機・脳波測定機なども内蔵していて、車の交通違反を発見する役割を与えられている。速度検査機は速度違反を、アルコール摂取量探知機は飲酒運転を取り締まるための装置。そして脳波測定機は、てんかんを起こすおそれのある者が運転していないかどうかを調べるもの。異常波を出している者を検知した場合、発作を起こす前に病院へ収容されるようになっている。

その巡査ロボットが軋んだ金属音をたててこちらの方へ頭をむけた時、主人公はなんともいえない違和感を覚えた。そして、「私はてんかんではないはずだし、もちろん速度違反や飲酒運転はしていない。何も悪いことをした覚えもない」と考えた……というような内容だったと思う。

今、その本は手元にないのだが、「速度違反・飲酒運転・てんかん患者の運転などは良くないことだが(執筆当時、てんかん患者の運転免許取得は法律で禁じられていた)、高性能のロボットで片っ端から容疑者をとっつかまえて病院や刑務所に送り込むようなことは、超管理警察国家であり、とんでもなく恐ろしいことだよね?」…というのがこの小説の意図するところであったと思う。(てんかん患者への不当な取り締まりを肯定・推奨したものであるとは思えない。)

…でも、もしかしたら本当に、「無人警察」のような装置が必要なんじゃないか?…と思ってしまうような事件が起きてしまった。朝、ランドセルを背負って、「行ってきまーす!」と元気に出かけていった我が子が、それから間もなく潰されて死んでしまうなんて…。我が身に置き換えてみたら、耐えられないことだ。私はこう見えても(?)、「人生のモチベーションの9割以上が“娘”」という人間なので(少なくとも今は)、そんなことが起きたらおそらく頭がおかしくなってしまうのじゃないかと思う。


日本てんかん協会は、1993年7月10日付の抗議文の中で、5つの問題点を指摘している。

①「異常波を出している者は、発作をおこす前に病院へ収容されるのである」という表現は、てんかんをもつ人々の人権を無視した表現であり、てんかんを医学や福祉の対象としてではなく、取り締まりの対象としてのみあつかっている。

②「てんかんではないはずだし、……悪いことをした覚えもないのだ」のくだりが、てんかんを悪者扱いするものである。

③てんかんをもつ人が運転することを危険視するのは時代遅れの考えであり、症状によっては免許をとれるようにしようとしている自分たちの運動を妨害するものである。

④発作はてんかんの症状の一部であり、症状はもっと多様である。またてんかんと脳波に関して医学的に誤っており、てんかんでも脳波に異常のない人がいる一方で健常者でも数パーセントは脳波に異常がある。

⑤この教科書を使用した場合、てんかんをもつ高校生や近親者にてんかんをもつ人がいる高校生が授業で辛い思いをする。


これらのことに対しては、角川書店も筒井氏本人も反論を試みている。詳しい文献もあるはずなので、ここではその詳細に触れない。ひとまず今日は、運年免許の取得に関してだけ考えようと思う。

かつて、日本の法律は、自動車運転免許をはじめ、調理師・通訳案内業・薬剤師、その他あまりにも広範囲な業種に関して、てんかん患者の参加や資格の取得を機械的に禁止してきた。それを改善しようというてんかん協会の運動の結果、平成14年に道路交通法が改定され、てんかんの人も条件付き(過去2年間発作を起こしていない…等)で運転免許の取得が可能になったらしい。

明らかな差別の廃止には賛成だが、“過去2年間発作を起こしていない”ということを、一体どうやって確認しているのだろう?(自己申告?) たとえそれが本当だとしても、“たまたま2年間、薬を飲むのを忘れなかっただけで、万が一飲み忘れたら発作が起きる可能性が高い”人だっているのでは? さらに、他の多くの薬と同じように、その人の体調や体質が変化することにより、これまで効いていた薬があまり効かなくなった…なんてことが起きる可能性も有るのじゃないだろうか? タクシーや電車やバスを運転して人の命を預かる仕事の人はどんなふうにチェックされているんだろう? 危険物を取り扱う職業の人は? ダンプカーやクレーン車のように特殊な車両を運転する人は?

運転中の発作によって重大事故につながる可能性のあるてんかん患者が運転を禁じられるのは当然のことだと思う。もちろん、てんかんの患者本人やその家族にとって、感情的な問題は残るだろう。(その人に何らかの落ち度があって病気になったのではないのだから。)…でも、他者を殺してしまう可能性や、本人が死んでしまう可能性があるのだから、ここは冷静に受け止めるべきだろう。

心臓に持病のある人はパイロットにはなれない事を、差別だと言う人はいるだろうか? 味覚異常があるのにシェフを目指す人はいるだろうか? 色弱があるから、カラーコーディネーターになるための試験でハンディキャップをあたえてくれ…と申し出る人がいるだろうか? “差別”ではなく、“適性”の問題なのだと思う。そして、“てんかん”と“運転免許”の場合は、「誰かの命が失われる危険をともなう」という意味において、その適性の有無が特に厳しくチェックされても致し方ないことではないだろうか?

今回の事故の場合、容疑者は、過去にも交通事故を起こして子どもに重傷を負わせた前科があり、執行猶予中だったという。前回は、「居眠りをしていた」と供述したらしいが、てんかんの件が明らかにされていたのかいなかったのか? 容疑者本人は、本当にあれを「居眠り」だと思っていたのか? それとも、なんらかの意図があっててんかんであることを隠したのか? 

てんかんの症状の現れ方は個人差が大きいらしいから、「すべてのてんかん患者の運転を禁止する」ということは、いささか乱暴なのかもしれない。ならば、どんなふうに検査をして、どこで線引きをするのか、そのことを考えていかなければならないのだと思う。そして今後は、運転免許の取得や更新の際に、警察指定の医療機関で脳波検査を義務付けることも、やむを得ないのかもしれない。

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この記事へのコメント

ももたろう
2011年04月20日 15:56
こういうことがあると、きちんと薬を飲んで病気をコントロールしている人までとばっちりを受けることになるんですよね。てんかん持ちということでいっしょにされちゃって。

人間だから、薬を飲み忘れることがないとはいえないでしょう。でも、以前にも大きな事故を起こして人を殺しかけたのであれば、普通の患者さん人よりもいっそう気をつけているべきだったはずです。てんかん云々でなく、犯人のその甘さが許せません。
つーじい
2011年04月20日 17:31
ニュースで本人の顔を見たけど、まともな暮らしをして、まともに食べてるようには見えなかったよ。

てんかんという病気が悪いんじゃなく、その病気があると分かっているのに、しかも執行猶予中だったのに、自分の健康管理を怠った、彼のいい加減さに腹が立つ。

きちんと治療を受けて薬を真面目に飲んでいるてんかんの患者さんたちが、今回のことのせいで理不尽な差別や誹謗中傷を受けるようなことがないようにと願うと同時に、病気があるのであれば、諦めなくてはならないものがあることを受け入れてほしいと願います。
さち
2011年04月20日 18:10
ももたろうさん

>きちんと薬を飲んで病気をコントロールしている人までとばっちりを

あってはいけないことだけれど、どこかでそういうことが発生してしまうかもしれませんね。おかしな偏見があるのならば、それを払拭するのがメディアの役割なのですが、ヘタにこういう問題に手を出すのはリスキーだ…と及び腰になるマスコミ人もいそうですね。できれば、「てんかんがあるけれど、きちんとコントロールしています」という有名人が、メディアの前でたくさん情報発信してくれるといいのかもしれませんが…。

「差別だ!」と糾弾されることに必要以上にナーバスになってしまって、そのことがアンタッチャブルな領域になり、取り締まるべきことを取り締まらなくなる…というのも怖ろしいことです。それは、てんかんの問題に限らず。
さち
2011年04月20日 18:24
つーじい

どんなに気をつけていても、「薬を飲み忘れるかもしれない」という可能性はゼロにはならないので、「人はミスをすることがある」という前提に立った法整備は必要だと思うし、それは差別ではないと思うのだけど…。“差別”と糾弾されること、特に病気にまつわることがらには、日本の社会ってものすごーくナーバスだよね。(まぁ、無神経でずさんなよりはいいのかもしれないが…) でも、こと、人の命に関わるようなことについては、“見ないふり”をしちゃいけないと思う、やっぱり。

あと、気になるのは、“うっかりして飲み忘れた”んじゃなくて、診察代や薬代を捻出できなくて(あるいはケチって)、トラブルが起きたんじゃないかという可能性も、否定できないところ。“ついうっかり”は、本人や周囲の人が気をつけていればある程度は改善できるけど、費用の問題だった場合はなかなか厄介。
ムトウ
2011年04月20日 18:38
加害者にどんな事情があったにせよ(病気?睡眠不足?金銭的問題?)、我が子が殺された事実と、そのことで負った傷の深さは変わりません。

不注意なドライバーが突っ込んできても、もしもあそこにガードレールがあったなら、怪我はしても命は助かったかもしれない。通学路だと分かっていたのに、しかも新設の学校というわけじゃなくて前からそこにあったのだろうに、事故の日までガードレールが設置されていなかったのは何故だろうか? 道路を管理していた行政や、設置を積極的に働きかけなかったのなら学校にも責任はあると思いますね。
さち
2011年04月20日 22:39
ムトウさん

確かに、加害者にどんな背景があろうと、親にとっては“我が子の命をいきなり奪われる”ことに変わりはないんですよね。

子どもたちにどんなに交通ルールや登下校時の注意点を教えたとしても、こういう想定外なことは起きる。ならば、道路の作り方、通学路のルート変更などで、減らせるリスクはちゃんと減らしておかなくてはいけませんね。しかも、迅速に。“いつかそのうち直さなくちゃね~”じゃダメなんですよね。
なをぞ
2011年04月20日 23:46
そのニュース、思わず泣いてしまったよ。自分が近いギョーカイで働いていたからあーいう働く車がどれだけヘビーか知っているだけに、子供たちの恐怖を思うと想像を絶する。

今日NHKニュースの続報を見ていたら“加害者が服用していた薬を調査して・・・云々”という何となく奥歯にモノが挟まったような報道の仕方でわざわざ“違法な薬ではなく”とまで言っていたのに、何故そんな薬のことを?と思っていたのだけど、そういうわけだったのね。やっと納得。
さち
2011年04月21日 00:34
なをぞ

>何となく奥歯にモノが挟まったような報道の仕方でわざわざ“違法な薬ではなく”とまで言っていたのに、何故そんな薬のことを?

肯定的に解釈すれば、「てんかん患者に対する誤解や差別を生じさせないようにという配慮だった」と考えられるし、否定的に解釈すれば、「てんかん協会や人権団体からバッシングされることを恐れて歯切れの悪い物言いになった」とも考えられるよね。
冬将軍
2011年04月21日 01:22
ここで書かれている内容と、ほぼ一致しているであろう現在の一般的な考え方らしきものに憤り、最近日記で吠えたばかり。

もうね、甘いんだよ。
“甘い”の一言でつきる世の中。

戦争で亡くなっていった人達が望み、生き残った人達が欲した世界は、確かに平和な時代だったけど、こんな矛盾だらけの無駄な弱者擁護が正義になるような偽善者が動かす世の中じゃなかった筈だ。

見捨てろと言っているんではなく、適材適所を冷静に考えろと言っているのであって、頑張れば出来る的な日テレ番組的な考えは間違いなんだと。

失敗しても擁護した奴らは、誰も責任を取らなくていい仕組みにしているから、余計に下らない理屈で擁護する。
被害者が報われない世界に、一体何の価値があるのか疑問でならない。
さち
2011年04月21日 07:44
閣下

>見捨てろと言っているんではなく、適材適所を冷静に考えろと言っているのであって、頑張れば出来る的な日テレ番組的な考えは間違いなんだと。

…そうなんですよね。根性論や精神論ではなく、差別なんかでもなく、単純に「適性がなくて危険をともなうことはやらない、やらせない」ってことなんですよね。

でも、実際は、運転免許の交付も、運転士や作業員としての雇用の際も、患者本人の良心(自己申告)に頼るしかない。今のシステムは“性善説”と、“最悪のケースは、まず、実際には起こらないであろう”という見通しの甘さの上に成り立ってる。今回の事故も、以前別のてんかん患者(周囲から運転を止められていたにも関わらず運転を続けていたという…)が起こしてしまった踏切事故も、そういう甘さが原因だったのだろうと思います。
さく
2011年04月21日 08:23
このニュースにも泣きました。双子の兄弟さんが机に突っ伏して泣いていたと同級生の子が話していて(そんな事をきくメディアにも怒りがわきますが)たまらない気持ちになりました。親はもちろん、振り返ったら双子の兄弟がいなくなっていた、という現実を自分なら受け止める事が出来るかと考えると、さちさんと同じく頭がおかしくなってしまいそうです。
持病があり、また経済的に恵まれて無く就職の選択肢が限られたものしかない、という場合もあるでしょう。しかし、それはてんかんに限った事ではないですよね。

あまりに、ショックな出来事が多すぎて、気がつくと呼吸が浅くなっていくような。
この国に 被害者の人権ってあるんですかね。
kay
2011年04月21日 10:08
このニュース、経緯を聞くたびにため息しか出ないです。亡くなった子供達やそのご親族にはかける言葉もない程悲しく思い、加害者の浅はかさがまた悲しい。

家の娘もてんかん持ち。ただ日常生活には支障がないタイプで、成長すれば完治すると思われます。
娘がてんかん発症した時、ネットで色々調べましたが、娘のような軽度のてんかんであれば、先生達が過度に反応する可能性があるから、学校に言わないほうがいいって書いてあるホームページも多々見ました。
これって病名を言ったら誤解や偏見を産むからねって言ってるようなもんですよね。
家の娘の場合はきちんと学校に病状を説明して、万が一学校で発作を起こした場合の対処方法を学校全体で話し合いマニュアルを作ってくださってます。

どんな持病でも、その持病によって自分や他人の身に危険が及ぶような事があるのであれば、運転免許交付や仕事に関する制限があるべきと思います。
自分の子供が被害者になって欲しくはないし、もちろん加害者にならせる訳にはいきませんから。
さち
2011年04月23日 08:43
さくさん

>この国に 被害者の人権ってあるんですかね。

今回の事件に限らず、色々な事件でそのことを思います。加害者の責任能力とか、生まれ育った環境とか、更生の可能性の有無とか、そういうことが十分に検討されながら裁判が進むけれど、被害者と遺族の痛み・苦しみ・絶望といったものは、そんなものとは関わりなしに、もう絶対的にそこにあるものなんですよね。

なにか罪を犯してしまって、「責任能力がない」ということになるのであれば、責任が発生するような環境に身を置くことを制限するしかない…と私は思うのですが。
さち
2011年04月23日 08:52
kayさん

>病名を言ったら誤解や偏見を産むからねって言ってるようなもんですよね。

てんかんい限らず、たとえば発達障害に関するカミングアウトに関しても、常に同じ問題が発生しますよね。「カミングアウトして周囲に理解を求めていけば、もっと注意深く適切な対応をしてくれる人も出てくるはず」ということと、「カミングアウトすることによって、差別や苛めが発生することもあるはず」ということの可能性が同時に発生する。保護者たちは、その究極の選択を常に突き付けられているわけで。正解なんてなくて、「こんなふうにしていく…」と、保護者や本人が決めて選択していくしかないのでしょうね。

ただ、てんかんに関しては、いざという時のケアを間違えると命に関わってくるので、

>家の娘の場合はきちんと学校に病状を説明して、万が一学校で発作を起こした場合の対処方法を学校全体で話し合いマニュアルを作ってくださってます。

…という形に出来るのが理想的なのだとも思います。

>どんな持病でも、その持病によって自分や他人の身に危険が及ぶような事があるのであれば、運転免許交付や仕事に関する制限があるべきと思います。

心臓や脳の病気でも、程度によってはそういう配慮が必要ですよね。それは差別じゃなくて、適性の問題。自分と周囲の人の命を守るために必要なこと。
しま
2011年11月30日 16:36
本日、津の事件の方(歯科医さんが研修医と中国人青年をひき殺してしまった)も報道がありましたね。
 私も、医師なので、後天的に(腫瘍などで)てんかんになってしまった人を含め、たくさん見てきました。
 筒井さんは、あの時代、一つのモデルとして取り上げたのですね。ものすごく好きな作家だったので、てんかんなのに運転をやめない人のカルテに、重々注意した、と記載するたび、思い出しました。これが、確実に免許を失う制度の運用は、絶対にてんかん以外の人にとっても危険。でも、てんかん(少なくとも意識を失う発作が数年以内にある)もちのひとが車を運転するのは、本人にとっても危険。
 もちろん、自律して運転をやめた人も存じていますが、それはその人を支える経済的、社会的基盤(家族や職場)あってのこと。
 基盤のない人は、生活を守るために、医者にも、発作は起きていません、と申告するのです。
 てんかん以外にも、不整脈、糖尿病、認知症、と危険なものはいっぱい。車というものが、もっと安全に進化してほしいなあ、と願っていますが、100年以上かかるでしょうね。
 走る楽しさなんていらないから、電車のように、家の前から、目的地まで、安全に自動で進むタイプの車と、自分で走らせる車が、併存できる都市デザインが…。
(運転手、という職が失われる 負の産業革命の可能性は大いにありますね。)
さち
2011年12月05日 16:38
しまさん

何か月も前の文章でしたのに、わざわざご丁寧なコメントを残してくださってありがとうございます。

>基盤のない人は、生活を守るために、医者にも、発作は起きていません、と申告するのです。

これが、問題解決の一番のネックになっているのではないかという気がしますね。理由があって車の運転や複雑な機械の作業にあたることが出来ないのであれば、他の仕事を優先的に斡旋してもらえるとか、何らかの支援がないと解決は難しそうです。

>電車のように、家の前から、目的地まで、安全に自動で進むタイプの車

私はクルマに詳しくないのですが、いま開催中のモーターショーでは、クルマ自体が自動的に運転して進むような装置を搭載しているものも展示されているのだそうで。技術の進歩が安全性を向上してくれるのはありがたいですね。
つついすと
2012年04月12日 22:26
また大きな事故が起きてしまいましたね…
さち
2012年04月12日 23:43
この1年間、なにも対応できなかったことのツケが、こんな残酷な形で表れてしまったような気がしますね。

医師や家族が運転を止めるよう強く進言しても、「自分は大丈夫」と思い込んで耳を貸さない人が大勢いるのだとか。…だとすればもう、法律でより厳しく規制し、罰則も設けていくしかないのかもしれません。不本意に感じる人々もいるでしょうけれど。