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zoom RSS 虐めという名の犯罪 〜結局、親が守るしかないのかも。

<<   作成日時 : 2012/07/13 01:03   >>

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糾弾されるべき対象は、たくさんあるのだろう。

「虐めや不登校が発生するというのは“不祥事”であり、学校や担任の指導力不足・学級(学校)運営能力の欠如である」…というふうにジャッジされてしまう評価システム。そして、その背景にある教育委員会、場合によっては日教組。

そういう環境にどっぷり浸かってしまい、生徒からのSOSを真摯に受け止めず、見殺しにしてしまった教師たち。

“虐め”と“犯罪”を適確に区別して、適切に対応することが出来なかった地元警察。


“支配と被支配”・“差別と被差別”の長い歴史が培ってきたのであろう、風土病のような隠蔽体質の土地柄。

そういうことのすべてに、あの中学生は追い詰められてしまったのだろう。

でも、そういうもろもろは、一朝一夕には変わらないものだと思う。

もちろん、中には、そういうことに疑問や憤りを感じ、なんとか改革したいと考える、志の高い人だっているのだろう。でも、組織や地域社会の中で、個人が“慣習”という流れに竿を刺して、その意思を貫き通すことは、不可能に近いことだと思う。流れに飲み込まれて沈むか、外にはじき飛ばされるか…。結局、個人の正義感など揉み消されてしまうのだろう。

だから、最終的には、やはり、親が子どもを守るしかないんだと思う。

虐められている子どもの多くは、そのことを親に隠したがるものだと聞く。ある子は、「親に言いつけたな」と逆恨みされることへの恐れから。ある子は、「自分はなんとかうまく学校生活を送っているんだ。問題ない」と、親の前で格好をつけたいというプライドから。またある子は、「親に心配をかけたくない。いじめられっ子の親として、惨めな思いをさせたくない」という優しさから。でも、自分が産み育てた我が子なのだもの、真剣に観察していたら、きっと、何か無理をしているということは透けて見えるのじゃないだろうか? 亡くなった子の親御さんを責めるつもりはないけれど、「我が子の悲しい嘘を見破る目を持つ親でありたい」と強く思う。

虐められていることが分かったら、そして、学校が真剣に対応してくれないのだということが分かったら、いつでも、「そんな学校、行かなくていい。逃げたなんて負い目を感じる必要もない。学校なんか行かなくたって、なんとでもなる。良い方法をお父さんもお母さんも色々調べるし、考えるから、おまえは心配しなくていい」と、きっぱりと言ってあげられる親でありたい。学校なんて、命をかけてまで行くようなところじゃない。

そうやって、まず、子どもの安全を確保したら、その後は、状況の改善を求めて動ける親でありたい。学校がダメなら教育委員会、教育委員会がダメなら市議会議員、それでもダメなら県議会議員、それでもダメなら国会議員、それでもダメなら文科省に……と、真剣に対応してくれる人を探す。それでもダメならマスコミやネットにぶちまけて、世論を味方に付ける努力をする。警察に対してもそう。最初に対応した警察官が話の通じない人だったり能力の無さそうな人だったりしたら、別の警察官に話してみる。それでもダメなら上司に。それでもダメなら、さらにその上の上司に……というように。しつこいと呆れられても、笑われてもいい。地域社会で後ろ指をさされてもいい。子どもに死なれるという耐え難い辛さを思えば、そんなの、たいした苦痛ではないはずだから。

相手に真剣に話を聞いてもらえるかどうかは、現実的には、親の力量にかかっていると思う。教育委員会や議員さん達に対しては、「自分はモンスター・ペアレントなんかじゃない。現実に、ひどい虐めが行われているのだ」ということを、説得力を持って話さなければ、身内でもない子どものために、わざわざ動いてなんかくれないだろう。警察に対しては、「単なる虐めではなく、これは犯罪なのだ」ということを理解してもらえるよう、そして、“送検するに足る”“公判が維持できる”と感じさせるくらいの客観的証言や証拠を揃えるなり、説得力のある言葉で説明するなり…が必要だろう。

本当は、そういう力量なんて無かったとしても、必死に声を上げたら真剣に耳を傾けてもらえるのが理想なのだけど、現実は違う。世の中には、“単なるモンスターペアレント”や“被害妄想を抱いている人”がたくさんいて、教育委員会や学校や警察を昼夜煩わせているのだ。そういう人々と自分は違うのだ…ということをアピールできるくらいのプレゼン能力が必要なのだと思う。そういう状態が、正しいのか否かは別として、それが現実なのだ、おそらく。

そんなふうに、子どもを守る力のある親でいたいと思う。

今になってようやく動き始めた滋賀県警のあの動きが、全国からの批判の声に対するパフォーマンスでなく、事件に本気でメスを入れるものであると信じたい。れっきとした犯罪を、学校の敷地の中で未成年者が行ったことだからといって、“虐め”という言葉でうやむやにすることのないよう、しっかりと調べてもらいたい。その時に、“地元の実力者”なんかの余計な口出しがないよう、周囲の人々は最大限の注意を払って見守ってほしいと思う。

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コメント(9件)

内 容 ニックネーム/日時
「僕だったらすぐ警察を入れてますよ」と、大阪の橋下市長が言っていました。彼のことはあまり好きではないけれども、時々こんなふうに正しいことを言うから目が離せない。

虐めではなく、犯罪といえるレベルの攻撃が行われているのなら、そこが学校だろうが、110番してしまえばいいんです。110番したら、警察は必ず来るんですから。そして、傷痕や、乱れた着衣や、様々な証拠を見せればいい。そこに疑わしきことがあれば、警察はそれなりに調べるはずです。110番なんかしやがって…と虐めがエスカレートしたら、再度110番すればいいんです。危険過ぎる状況なら、もちろん学校なんか行かなくていい。そもそも犯罪者が野放しになっている学校なんて、恐ろしくて我が子に通えなんて言えません。
ムトウ
2012/07/13 01:27
全て激しく同意です。

警察に連絡しつつ、弁護士や人権擁護委員会などに相談するのも良いかもしれませんね。

学校に行かせないようにするのは、お子さん本人のためなのはもちろんですが、親御さんの負担も、少しだけ軽くなる可能性がありますよね。虐めの心配はなくなりますから。

一度立ち止まれば、疲れ切って低下していた判断力や思考力が復活するかもしれない。そうなれば、今後のことを考えられるようにもなる。

お子さんの休息は親御さんの休息でもある。その休みがたとえ何ヶ月、何年にも及んだとしても、一生の長さに比べたらどうってことない。

大変かもしれないけれど、土地柄が嫌なら引っ越せばいい。新たな道を探せば良い。方法はいくらでもあると思います。

かゑる.sixx
2012/07/13 03:48
今私は公立幼稚園の保育園化に反対運動をするんだけど、市と戦うには武器が必要だと思うの。
 今必死に武器を集めてる。
とりあえず同じ気持ちを持つ若い市の議員さんを仲間に入れた。

 正直言って、文句ばかり言って、何も具体的な策もなく誰かが動けば付いていきますという人が苦手。
 
私だって具体的な策はなく、手探りで必死で探している。

そういった中思うのはモンペアと言われる人達の能力の低さ。
モンペアと言われる人達も、本当は必至で子供を守ろうとしているんだと思う。
ただ、常識が人とずれてたり、身勝手だったりする上に、更に人に共感をしてもらおうとする能力の低さがネックだ。

実際にモンペアと噂されている人と同じボランティアサークルで一緒なのだけど、とてもボランティアに熱心で子供を思って活動をしている。

あと一歩で人に理解してもらえるのにその、能力のなさがモンペアを産むのだと思う。

ちょっと話がずれたけど、私は子供を守るし、子供に頼れられる親になりたい。が、それが一番難しいかな。口を酸っぱくしてお母さん、お父さんは助けてあげれると伝えて行こうと思う。
そしてその能力がある人間になりたい。
すもも
2012/07/13 07:54
虐められていることを認めたがらないというか、虐められてるけど気にしてないよ、傷ついてなんかいないよってポーズをとる子もいますよね。そして、そんなふうにされたら親は虐めに気づけないと言う人もいます。

でも、私は気付ける親でありたいのです。子どものちょっとした目のうごきや、しぐさや、声のトーンなどから。そして、気づいたら、逃げろ!と言います。とにかく、まず、安全なところに避難しなくては。すべてはそこから。
ももたろう
2012/07/13 09:45
ムトウさん

本来は、なんでもかんでもすぐに110番…というのは違うと思うんです。やはり、学校という場所には、先生という大人たちがたくさんいるのだし、保護者を呼び出すことだって出来るのだから、警察に丸投げではなく、まずはそういう大人たちで対処すべきだろうと。

でも、大津の事件のように、先生たちがSOSを受け止めてくれず、当事者が死ぬほどの苦しみを味わっている場合は、へんに躊躇する必要なんかないと私も思います。…そもそも、あれは、虐めなんていうレベルじゃなくて犯罪ですものね。
さち
2012/07/17 23:05
かゑるさん

>一度立ち止まれば、疲れ切って低下していた判断力や思考力が復活するかもしれない。

そうなんですよね。子どものうちはただでさえ視野が狭くて、“学校がすべて”という考えになりやすい。でも、本当は、学校なんかいかなくたって勉強はできるし、大人にだってなれるわけで。「学校に行かなければならない。学校でうまくやらなければならない」という呪縛にとらわれて、自らを追い込んでしまうことから救ってあげたいですよね、周囲の大人の力で。
さち
2012/07/17 23:09
すももっち

>私は子供を守るし、子供に頼れられる親になりたい。が、それが一番難しいかな。口を酸っぱくしてお母さん、お父さんは助けてあげれると伝えて行こうと思う。そしてその能力がある人間になりたい。

その地域の学校や教育委員会が頼りにならない、信用できない…と思ったら、親の力で我が子を守るしかないものね。ある時は行動力や説得力で、ある時は経済力で、ある時は人脈で…と、武器を使い分けながら。

こうやって連日マスコミが取り上げて、日本中が注目しても、虐めそのものはなくならないだろうし、教育現場の体質は一朝一夕には変わることが出来ないだろうと思うの。でも、“そういう教育現場”だと勘づいていながらも、学校まかせにして放置してきた大人たちにも責任の一端はあると思うんだよね。これからは、少なくとも、おかしいことに対しては「おかしい」と、ちゃんと声を上げられる大人が増えなくちゃいけないんだと思う。
さち
2012/07/17 23:17
ももたろうさん

私も、「気づける親」でありたいと思ってます。

もしかしたら、我が子は、隠すのがすごくうまいタイプなのかもしれない。これから先、うまく騙されることだってあるのかもしれない。でも、「気づける親でありたい」と思い続けること、子どもをじっくり観察することは、諦めたくないと思ってます。
さち
2012/07/17 23:19
上記に 書かれた通りです!
私も 息子が、中学の時 怪我をして帰って来たので学校に 出向きましたが、まるで、駄目!イジメの相談(兵庫県)も 大人になったら 優しい人間になるとそこまで、待てるかと 転校させました。きれいごとで、片づけないでほしい!結局 親が、子供1人1人に 目を 向けて 刑事事件として 相手を 訴えるべきです!こちらに何の 落ち度も無く 歪んで、育った相手側の家庭に落ち度有り
おばあちゃん
2012/08/09 12:59

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