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zoom RSS 姫花ちゃんのハンカチ 〜大切なことを忘れないように。

<<   作成日時 : 2012/07/03 14:19   >>

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去年の12月、打ち合わせと打ち合わせの合間に少し時間が空いてしまったので、東京ミッドタウンで行われていた復興支援プロジェクト「やさしいハンカチ展」(日本グラフィックデザイナー協会主催)を見に行ったことがあった。

全国のデザイナーさんたちが描いたイラストをもとに、600種近いハンカチが展示されており、それらのハンカチは製品化されて販売されてもいた。その中に、斬新な構図と大胆な色使いで、ひときわ目を引くハンカチが。デザイナーになる夢を持っていた小学生の女の子が描いた絵をもとに出来上がったハンカチだった。

作者は、いわき市立豊間小の4年生だった鈴木姫花ちゃん。幼い頃から絵を描くのが大好きで、絵画コンクールでもたびたび入賞していたのだそう。「十年後の自分へ」という作文には、「デザイナーになっているか、デザイナーになるため勉強しているのかも」と綴られていたという。…が、その作文を書いてからまもなく、震災による津波で亡くなってしまった。京都市在住のデザイナーさんが新聞を通して姫花ちゃんのことを知り、「夢を叶えてあげたい」とご遺族に申し出て、姫花ちゃんの作品がプロのデザイナーさんたちの作品と一緒に製品化され、展示されることになった…という経緯らしい。

私はその絵をとても好きだと思った。もともと灯台やカモメなど、海のモチーフが好きだということもあるけれど、子どもらしいのびのびした(小賢しくない)絵柄も、ビビッドな色使いも、好印象だった。特に、太陽と重なったカモメの部分がなんとも印象的で、惹かれるものがあった。

でも、その時はハンカチが買えなかった。ご遺族のお気持ちを思い、「もしも自分の身に起きたことだったら…」と想像し、泣けて泣けてしょうがなかったから。姫花ちゃんは、うちの娘と歳が近い(姫花ちゃんの方が1年お姉さん)。朝、「行ってきまーす」と元気に出かけていった我が子が……と想像すると、辛すぎて、耐え難くて、なんと言ったらいいのだろう、姫花ちゃんのハンカチを買って持ち帰り、ご冥福をお祈りしつつ、穏やかな気持ちでその絵を眺めるなんて、出来そうになかったのだ。そこにある悲しみの重さに負けてしまったのだと思う。だって、ランドセルを背負って登校していく、あの後ろ姿が最後になるなんて…。

それから半年ほどたち、最近、ツイッターで、いわき市在住のある男性が、「震災前のいわき市(薄磯・豊間地域)の町並みの写真を持っている方がいたら見せてほしい」と呼びかけていることを知った。現地の方々は、家やご家族を失ってしまったばかりでなく、思い出になる写真やビデオすら、ほとんど手元に残っていない。海や港の写真は、それでも比較的入手しやすいが、自分たちが暮らしていた家や町並みの写真はなかなか残っていないのだそう(そういうものだろうな…と思う)。震災から1年以上たった今、「自分たちが暮らしていた町や家の姿を見たい」と願う方々が増えてきているのだという。そういう方々に、ごく普通の日常を送っていた頃の町並みや家を見せてあげたいのだと、その男性は発信していた。

短いやりとりをし、つぶやきを遡って読んでいるうちに、その方が、なんと、あの姫花ちゃんのお父様であることを知った。ネットって、こういうふうに、時や場所を超えて、ひゅん…とご縁が繋がってしまう瞬間がある。不思議なものだ。

震災直後の日記に書いたように、私はあの時、都内のビルで仕事の打ち合わせをしており、娘は下校途中だった。携帯電話のおかげで、娘が地下鉄を降りて地上に出た瞬間に揺れがやってきたのだということは把握できていた。「地下鉄に閉じ込められているわけではなく、一人で道を歩いているわけでもなく、まだ駅の構内にいるはず。たくさんの大人たちの目や手が届くところにいるのだから、なんとかなる。大丈夫!」と思った。細長いビルがグラグラと大きく揺れ、近くにいた女性たちから悲鳴が上がり、「自分はもしかしたら、今日、ここで死ぬことになるかもしれない」と思った私は、いつも仕事に使っているスケジュールノートの最後の頁に、娘への手紙を書いた。「あなたが無事だと分かっているから、ママは怖いことも心配なこともなく、静かな気持ちでいられます。もう抱っこしてあげられなくなるのは残念だけど、いつもそばで見守っているから、元気で暮らしていってね。優しくて賢い人になってね。楽しい9年間をありがとう。ママが世界で一番大切なのはあなたです。」と。娘が無事だと思えたから、あんなふうに冷静でいられたのだ。娘の安否が確認できないままだったら、心配のあまり半狂乱になって無理矢理にでも埼玉に帰ろうとしていただろう。

震災の直後も、5月に陸前高田や南三陸にお邪魔した時にも、それから、姫花ちゃんのハンカチを見た時にも、その都度、私は、“我が子が今日も元気に帰ってくる”というのは、決して当たり前のことなんかじゃなく、非常に危ういバランスの上に成り立っている幸せなのだということを痛感した。そして、そのたびに、「我が子の小さな欠点や弱点なんて、どうでもいいじゃないか。ただ、元気に帰ってきて、私の作ったごはんを食べ、我が家のベッドでぐっすりと眠り、朝が来たらまた目覚めて話しかけたり笑ったりしてくれるだけで、十分じゃないか」と思い、もっと寛容な母親にならなくては…と反省した。

でも、そういうことって、すごく大切なことなのに、日常に流されてすぐに忘れてしまう。ささいなことで娘を叱ったり、八つ当たりのように怒ったりもしてしまう。そんなふうに、“大切なことを改めて意識しなくてもいい毎日”というものこそが、幸せということなのかもしれないのだけど、でも、怒った顔で見送って登校させてしまった時は、「万が一、今日、私かあの子に何かあって、もう二度と会えなくなるのだとしたら、私が最後に娘に見せた顔は、怒った顔ということになってしまう。…どうしよう、本当はこんなに好きなのに…。神様お願いします、どうか今日もあの子が無事に帰って来ますように」と、慌てて祈ったこともあった。そういう後悔や反省を、性懲りもなく繰り返している。我ながらバカだと思う。そして、そんな日々が赦されていることを、有難いと思う。

昨夜、ネットで検索して、久しぶりに姫花ちゃんのハンカチの画像を見た。そして、「今だったら、このハンカチが手元に来ても大丈夫かな」と思った。姫花ちゃんのお父様は、耐え難い苦しみや悲しみを味わったにも関わらず、地元の復興や地元の方々の心のケアのために行動していらっしゃる。私も、毎日、仕事だの子育てだの、自分に与えられている“やるべき事”を真面目にやっていこう。そして、また、大切なことを忘れそうになったら、折に触れ、姫花ちゃんの絵を見て、「今の自分がどれほど幸せであるのか」を噛み締めて反省させてもらい、また頑張ってやっていこう。

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コメント(15件)

内 容 ニックネーム/日時
明るいイメージの素晴らしいデザインのハンカチですね。
私も人目で気に入ってしまいました。

本当に毎日の平凡な日々や幸せが当たり前のように成り立っているなんて思い込んではいけないんだなと思います。

わが子も隣県まで通学。

あのときの心配だった思いを今も心にしまっておこうと思いました。
モモ
2012/07/03 15:22
>人目

一目の間違いです
モモ
2012/07/03 15:22
モモちゃん

早速コメントをありがとう。姫花ちゃんの絵を見た時に、コモモくんの絵を思い出したの。あの、コンクールで入選して郵便切手になったやつ。「化石の発掘」だったっけ? あれも、こんなふうに、のびのびと子供らしいタッチと色使いで描かれてたよね。

姫花ちゃんのお父様によると、この岬と灯台が、こんなふうに見える場所は、現地には無いのですって。だから、これはもしかしたら、“天国からはこういうふうに見える”っていう絵なのかもしれません、って。今も、この角度から、灯台を見ているのかな…などと思ってしまいます。

>あのときの心配だった思いを今も心にしまっておこうと思いました。

本当にそうだね。毎日ビクビクしながら生きる必要はないと思うけど、折に触れ記憶を取り出して、思い出して、今の幸せを守るために出来ることを考えたいよね。
さち
2012/07/03 15:29
今日は三者面談のため会社を早退し、「言うことなし。ただ1点どうかボーっとせず(昨年は『宇宙に行かず』でした)話を聞いてほしい」と例年どおり、同じコメントをいただいて帰宅しました。帰りは小言を言い続け…。

そしてPCに向かい、「ただ生きていればいい」の叶わなかった鈴木姫花ちゃんとご家族のエピソードにうるっとする自分のお気楽さに苛立ちを感じるくらい、悲しさとご縁の不思議に心が動かされるエントリーです。

絵がすばらしいですね。背景の空が黄色なのは姫花ちゃんの原画なのでしょうか。空を黄色に染めるのって、けっこうオリジナルだと思います。太陽の中にカモメも本当にかっこいい。
かおり
2012/07/03 16:14
かおりん

三者面談お疲れ様でした。

>帰りは小言を言い続け…。

同じことがあったら、私もきっとそうするだろうと思います。頭の隅っこで「もうそろそろいいじゃない…」と思いながらも、口が止まらないんじゃないかと。でも、そうやって、「もっとこうしてくれたらなぁ」「ああいうふうに出来たらなぁ」なんて気を揉むことが出来るって、実はものすごく幸せなことなのでしょうね。(それを、すぐに忘れてしまうのだけど。)

>背景の空が黄色なのは姫花ちゃんの原画なのでしょうか。

昨夜、姫花ちゃんのお父様が原画の画像を見せてくださったのですが、この通りの色使いでした。小学生なのに空を水色や青にしないところに、すごいセンスと可能性を感じますよね。「太陽がいっぱい」「光がいっぱい」なイメージで描いたんだろうなぁ、きっと。海の色とのコントラストをパキっとさせたいって気持ちもあったのかも。
さち
2012/07/03 16:43
マスコミは、毎日毎日、消費税と民主党と原発のことばかりで、最近は被災地の様子はほとんどニュースにならなくなってしまいました。あんなにたくさんの方々が亡くなった大災害からまだ1年3ヶ月しかたっていないというのに、まるで大昔のことのようです。復興に向けてスタートしたばかりの被災地の方々にとって、他の地域の人たちの無関心というのは、悔しくて悲しいことなのではないでしょうか。そんなこんなを考えていると、たまに、テレビの中でバカバカしくはしゃいでいるタレントたちにいらっとくることがあります。
ももたろう
2012/07/03 18:31
ももたろうさん

私がお話させていただいた被災地の方々は、被災地以外の人々が暗く静かに暮らすことは望んでらっしゃいませんでした。むしろ、毎日を楽しんで、出かけたり買物したりして、どんどん経済を回してほしい…って。でも、そうやって明るく暮らしていくことと、被災地のことをまるっきり忘れてしまうことは、イコールではありませんよね。忘れていない人々は、忘れてしまっている日本人が多すぎることに、カチンときたりイラっと来たりするのだと思います。

でもね、震災の直後から、ツイッターとかmixiとかの威力はすごいな…と思うことがたびたびありました。ポジティブな気持ちを持った人々がネットで繋がっていくことも、そのことで生み出されるパワーも、本当にすごい。政府はこんなていたらくで全然頼りになりませんが、それでもこの国は、そうそう簡単にはダメにはならないんじゃないか…って気もしています。
さち
2012/07/03 23:52
さちさんが書いた手紙を読んで、涙が出ました。僕も地震の後、最初に思ったのは娘のことでした。
給水所に水をもらいに来た小さな女の子に「多めに入れてやるから元気だせよ」と言っていた自衛隊の人の笑顔や、おつきあいもなかったのに「うちは井戸水なので、困ったら言ってください」とわざわざ言いに来てくれたご近所さんのことを忘れてはいけませんね。
すみの
2012/07/04 10:05
自分の人生、こんなもんだろうと思ってるけど、1つ、後悔していることがあるとすれば、いや、後悔とは違うな。でも、ぴったりくる言葉が浮かばない・・ 子供を産まなかったことだと思う。だって、自分よりも大切な人間が出来ちゃうわけでしょ?自分は腹が減ってても眠くても疲れてても、待ったなしで世話をして愛してあげなくちゃならない人間が、常にそばにいるわけでしょ? そこから得られる幸せも、学びも、私は知らないんだよね。そこは、とても気になる。

だけど、自分よりも大事な人間が出来てしまうってことは、恐ろしいことでもあると思う。だって、子どもになにかあったら、自分よりも大事な人間がこの世にいなくなった後も、自分は生きていかなくちゃならないってことだよね。それってどんだけ辛いことだろうか。もちろん、それを受け入れて再び立ち上がって生きていく中で、また人間は成長を続けるのだろうし、新しい学びや幸せもあるんだろう。でもさ、やっぱり、死ぬより辛いことだと思うのよ、子どもに先にいかれるって。

なにを書きたいのか分からなくなってきたので、後でまた来ます。
つーじい
2012/07/04 10:30
すみのさん

天国に行く順番を、神仏はいったいどんなふうに決めているのだろう?…とか、いや、そもそも、そこに本当に神仏の意志が関わっているのだろうか?…とか、時々考えてしまうのですが、答えは出ません。遠藤周作の「沈黙」という小説に、キリスト教徒がこんなにも迫害を受けているのに、なぜ神様は沈黙したままなのか…と必死で問う神父様が登場しますが、そこでも明確な答えは書かれていません。

なぜ、あんなにもたくさんの方々が亡くならなければいけなかったのでしょうね…。

答えは出ないままですが、縁あって知り合った人々、その中で、多少なりとも心が触れあった人々のことを、大切にしていきたいと思います。「またね」と言ったまま、会えなくなることもあるんですものね。
さち
2012/07/04 12:09
つーじい

世の中に苦しいことや悲しいことは色々あるけれど、子どもに先に行かれてしまうというのは、最も辛いことなんじゃないかという気がします。たとえ信仰心のある人であったとしても、「なぜ?」と神仏に問い続けるんじゃないかと思うし、涙が尽きることもないんじゃないだろうか? 私だったら、再び立ち上がれるかどうか自信がないよ。

姫花ちゃんのお父様もね、まだ、すぐに涙が出てきてしまうんだって。だけど、姫花ちゃんに「パパ、頑張ってるよね」と思ってもらえるように…って気持ちで日々を過ごしていらっしゃるのだそうです。きっと、神も仏もないのか…というような気持ちになったこともあるだろうと思うのだけど、「娘が見ているから」ってところで、自分を支えていらっしゃるのでしょう。幼くても、亡くなっていても、姫花ちゃんという存在が、お父様を支えているんだね、きっと。
さち
2012/07/04 12:26
大事なものが出来るってことは、弱点を抱えることにも似ていると思うのね。その大事なものが傷つかないように、壊れないように、なくならないように、心配事が増えるじゃない。だから、大事なものを持つことが、怖いようにも思えるの。そして、実際になくしてしまった時の悲しみの深さを想像すると、ぞっとするほど怖い。

でもね、なにが言いたいのかというと、そんなふうに弱点を抱えることになったとしても、もしかして大事なものが消えてしまったとしても、そこまで大事なものに巡りあって、一緒に過ごした時間ってのは、無駄になんかならないだろうということ。そんなに大切なものを私は持っていないんだよね。

だから、たった10年しか一緒にいられなかった親子でも、出会ったことには大きな意味があるし、たくさんの実りもあったんだと思う。
つーじい
2012/07/05 21:42
つーじい

うん、つーじいの言いたいこと、分かる。もう会えなくなったとしても、出会ったことには意味があるし、無駄にはならないよね。

今日、姫花ちゃんのお父様からおたよりをいただきました。すごく丁寧な文面に、穏やかで優しいお人柄が滲み出ていた。姫花ちゃんは7月生まれなんだって。去年の誕生日は悲しいばかりの日だったけど、今年は万全の準備でご家族で祝ってあげようと思っているそうです。
さち
2012/07/05 23:35
素敵なハンカチですね。
光がいっぱいって、本当に明るくて暖かいです。
あの時の事を思い出すだけで胸がぎゅっとなるのに、
我が子が、と思うと…。
震災の後、2度ほど子供が震災や事件に巻き込まれる夢をみて、もう2度と会えないのかと絶望的な気持ちで名前を叫んでいる途中で目がさめました。
この日常は、決して当たり前じゃない、特別な毎日が私に与えられているのだ、と何度も思いながら、
私も、些細なことで怒って子供達をシュンとさせています。
さく
2012/07/07 20:50
さくさん

>もう2度と会えないのかと絶望的な気持ちで名前を叫んでいる途中で目がさめました。

私も、去年の6〜7月頃、よくそういう夢を見ました。見ている最中は、頭がおかしくなってしまいそうなほど辛いんです。で、その夢を見るたび、涙を流し、絶望的な気持ちになって目が覚める。

そこで目がさめて、「夢か…。ああ良かった…」と私たちはホッとすることが出来る。けれども実際に体験なさった方々は、悪い夢だったらどんなにいいかと思いながら、受け入れたくない現実を受け入れて生きていかなくてはならないのですよね。なんてむごいことだろうかと思います。

そういう思いをして、涙をたくさん流しても尚、自暴自棄にならずに頑張っている方々に、穏やかな日々とたくさんの幸せなことがちゃんとやってきますように。
さち
2012/07/08 08:43

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