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日々是まぁまぁ好日 (再び)
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かなり大雑把に生きているワタクシの、それなりに幸せな日常を綴っています。娘と猫と炭酸水と福沢諭吉(紙に印刷されたやつ)が好きです。職業は広告プランナー&コピーライター。ヤクザな自由業者です。
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お引っ越しのお知らせ

2013/02/25 20:59
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ここのところネットでのコミュニケーションはmixiに集中しており、こちらのblogの更新が滅多に出来なくなってしまっているので、mixi日記にお引っ越しすることにしました。

また、急に気が変わって、突然こちらを更新する日がやってくるかもしれませんが、当分はmixiメインで行こうと思います。

なにか御用のある方、マイミクのリクエストをしちゃおっかな…なんて奇特な方は、このblogの右下の方にある「メッセージを送る」というアイコンをクリックしてご連絡ください。よろしくお願いいたします。

あ、ちなみに、よく訊かれるのですが、Facebookはやっておりません。なんとなく、使いこなせなくて…(-_-;)



※写真は、娘と愛猫です(=^ェ^=)
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チビ友

2012/08/22 01:38
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私のケータイ電話の電話帳には、「チビ友(ちびとも)」というグループ(カテゴリー)がある。「娘の幼稚園関係」「娘の小学校関係」というグループは別に作ってあるが、それらとは別に、「自分自身が友人として付き合える子」という意味で。

世の中には、子どもが大好きで、子どもを見れば無条件に目を細めて愛情を注ぐことの出来る人がいる。義妹がそうだ。あれは一種の才能だろう。私にはそんな才能はインストールされていないようで、なんだか冷たい言い方になってしまうが、友人や知人の子どもでも、好きになれない子はいっぱいいる。大人とか子どもとか、年齢は関係なく、気の合う人間とそうでない人間がいる…という感じ。そして、気の合う子どもはすごく少ない。私は大人が好きなのだ。(だから、年ばかりとっていて中身がコドモ…っていう大人は嫌い。)

友人の娘であり、私の娘の親友でもある麗子ちゃん(仮名)は、数少ない、“気の合う子ども”の1人だ。だから、電話帳の「チビ友」のところには、麗子ちゃんの電話番号とアドレスが登録してある。

先月、一緒にお茶をした時には、「塾の先生と気が合わない」ことに関する愚痴をたっぷりと聞いた。そうしたら、翌日、「昨日は愚痴をたくさん聞いてくれてありがとうございました」という御礼とともに、「でも、1日体験入学に参加して、どうしても●●中学(←私立中学)に行きたいと思うようになったので、塾の先生に負けないで勉強頑張ります」という決意を記したメールが届いた。そこで私は、「塾の先生と仲良くなるために塾に行くんじゃなく、自分の目的を達成するために塾に行っているんだから、そのために、その先生の能力を利用する…くらいの距離感で構えているといいんじゃないかと思う。どうせ塾の先生とは、あと1年半ほどのつきあいなんだから」「…とはいえ、その先生の言動があまりにも乱暴で、そうしてもその先生に教わるのが辛いようだったら、我慢しすぎてストレスで潰れてしまう前に、身近な大人にちゃんと相談してね」と返信をした。

おとといから今日までの2泊3日、麗子ちゃんは家族旅行をしていた。そして、金沢城、氷見漁港、奥飛騨の山の上、安曇野の美術館などで美しいものを見るたびに、わざわざ写真をメールしてくれた。そこで私は、「素敵な写真をどうもありがとう。長崎で綺麗な建物や風景を見つけたらメールするね」と返信した。

こういうお付き合いも、なかなか面白いものだな…と思っている。(写真はすべて、麗子ちゃんが旅行中に送ってくれたものです。)

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虐めという名の犯罪 〜結局、親が守るしかないのかも。

2012/07/13 01:03
糾弾されるべき対象は、たくさんあるのだろう。

「虐めや不登校が発生するというのは“不祥事”であり、学校や担任の指導力不足・学級(学校)運営能力の欠如である」…というふうにジャッジされてしまう評価システム。そして、その背景にある教育委員会、場合によっては日教組。

そういう環境にどっぷり浸かってしまい、生徒からのSOSを真摯に受け止めず、見殺しにしてしまった教師たち。

“虐め”と“犯罪”を適確に区別して、適切に対応することが出来なかった地元警察。


“支配と被支配”・“差別と被差別”の長い歴史が培ってきたのであろう、風土病のような隠蔽体質の土地柄。

そういうことのすべてに、あの中学生は追い詰められてしまったのだろう。

でも、そういうもろもろは、一朝一夕には変わらないものだと思う。

もちろん、中には、そういうことに疑問や憤りを感じ、なんとか改革したいと考える、志の高い人だっているのだろう。でも、組織や地域社会の中で、個人が“慣習”という流れに竿を刺して、その意思を貫き通すことは、不可能に近いことだと思う。流れに飲み込まれて沈むか、外にはじき飛ばされるか…。結局、個人の正義感など揉み消されてしまうのだろう。

だから、最終的には、やはり、親が子どもを守るしかないんだと思う。

虐められている子どもの多くは、そのことを親に隠したがるものだと聞く。ある子は、「親に言いつけたな」と逆恨みされることへの恐れから。ある子は、「自分はなんとかうまく学校生活を送っているんだ。問題ない」と、親の前で格好をつけたいというプライドから。またある子は、「親に心配をかけたくない。いじめられっ子の親として、惨めな思いをさせたくない」という優しさから。でも、自分が産み育てた我が子なのだもの、真剣に観察していたら、きっと、何か無理をしているということは透けて見えるのじゃないだろうか? 亡くなった子の親御さんを責めるつもりはないけれど、「我が子の悲しい嘘を見破る目を持つ親でありたい」と強く思う。

虐められていることが分かったら、そして、学校が真剣に対応してくれないのだということが分かったら、いつでも、「そんな学校、行かなくていい。逃げたなんて負い目を感じる必要もない。学校なんか行かなくたって、なんとでもなる。良い方法をお父さんもお母さんも色々調べるし、考えるから、おまえは心配しなくていい」と、きっぱりと言ってあげられる親でありたい。学校なんて、命をかけてまで行くようなところじゃない。

そうやって、まず、子どもの安全を確保したら、その後は、状況の改善を求めて動ける親でありたい。学校がダメなら教育委員会、教育委員会がダメなら市議会議員、それでもダメなら県議会議員、それでもダメなら国会議員、それでもダメなら文科省に……と、真剣に対応してくれる人を探す。それでもダメならマスコミやネットにぶちまけて、世論を味方に付ける努力をする。警察に対してもそう。最初に対応した警察官が話の通じない人だったり能力の無さそうな人だったりしたら、別の警察官に話してみる。それでもダメなら上司に。それでもダメなら、さらにその上の上司に……というように。しつこいと呆れられても、笑われてもいい。地域社会で後ろ指をさされてもいい。子どもに死なれるという耐え難い辛さを思えば、そんなの、たいした苦痛ではないはずだから。

相手に真剣に話を聞いてもらえるかどうかは、現実的には、親の力量にかかっていると思う。教育委員会や議員さん達に対しては、「自分はモンスター・ペアレントなんかじゃない。現実に、ひどい虐めが行われているのだ」ということを、説得力を持って話さなければ、身内でもない子どものために、わざわざ動いてなんかくれないだろう。警察に対しては、「単なる虐めではなく、これは犯罪なのだ」ということを理解してもらえるよう、そして、“送検するに足る”“公判が維持できる”と感じさせるくらいの客観的証言や証拠を揃えるなり、説得力のある言葉で説明するなり…が必要だろう。

本当は、そういう力量なんて無かったとしても、必死に声を上げたら真剣に耳を傾けてもらえるのが理想なのだけど、現実は違う。世の中には、“単なるモンスターペアレント”や“被害妄想を抱いている人”がたくさんいて、教育委員会や学校や警察を昼夜煩わせているのだ。そういう人々と自分は違うのだ…ということをアピールできるくらいのプレゼン能力が必要なのだと思う。そういう状態が、正しいのか否かは別として、それが現実なのだ、おそらく。

そんなふうに、子どもを守る力のある親でいたいと思う。

今になってようやく動き始めた滋賀県警のあの動きが、全国からの批判の声に対するパフォーマンスでなく、事件に本気でメスを入れるものであると信じたい。れっきとした犯罪を、学校の敷地の中で未成年者が行ったことだからといって、“虐め”という言葉でうやむやにすることのないよう、しっかりと調べてもらいたい。その時に、“地元の実力者”なんかの余計な口出しがないよう、周囲の人々は最大限の注意を払って見守ってほしいと思う。
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Happy Birthday !

2012/07/12 11:52
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昨日は娘の誕生日。11歳になりました。


誕生……帝王切開予定日の前日に陣痛が始まってしまい、おなかの中で心拍が弱くなり始めて、急遽取り出したのが7月11日の夜。大きな産声を上げて泣き続けていたけど、「ずいずい、やっと会えたね」と声をかけたら、一瞬泣き止み、「あれ?聞いたことがある声だ…」というような表情で、顔をこっちに向けたっけ。あれが初対面。


0歳……生後5ヶ月で、ベビーサークルに描いてあったミッフィーを見た途端、「!」という表情になり、いつも見ていたミッフィーの絵本を指差して、「あ、あ…」と、必死にしゃべろうとしていた。「AとBは同一のものである」と、1人の人間が生まれて始めて認識した瞬間を目撃させてもらった。夕方に黄昏泣きをするようになった時期は、なぜか、葉加瀬太郎の「情熱大陸」を聴かせると泣き止む赤ちゃんだった。


1歳……1歳になる少し前から、ベビーサイン(赤ちゃん用の手話のようなもの)を次々に覚え、まだ口はまわらなかったけど、おしゃべりが出来るようになった。でも、TV番組とDVDの区別がつかず、TVの番組が終わってしまってからも、「もう1回!」というサインをしつこく繰り返したのには参った。(ちなみにそれは東儀秀樹さんが雅楽を演奏している番組だった。)望みが叶わないと知ると、すごくがっかりした顔をしていたっけ。


2歳……買い物に出かけて信号待ちをしていた時、「あれはね、しんごうだよ。し・ん・ご・う」と教えたら、「しんごう。しんご……… しんごママ!」と言ってケラケラ笑った。人が生まれて始めてダジャレを言う瞬間を見せてもらった。


3歳……ヤクルトの瓶の蓋がなかなか取れず四苦八苦している時、パパに「おまえさあ、もっと頭を使えよ」と言われたずいずい、ヤクルトの瓶にやにわに頭突きを始めた。その後、泣き笑いしていたっけ。この頃、幼児教室で、後に大の仲良しになる麗子ちゃん(仮名)に出会う。ひらがなとカタカナを覚えた直後、ゴミ捨て用ポリバケツの「ビン カン」という文字を見て、「そっと捨ててください…っていうことだね。投げて入れたら傷がついちゃうのかな」と言っていた。(うん、キミ、それは
“敏感”の方だから(-.-;) )


4歳……幼稚園登園初日、降園してくる園バスを待ちながら、「泣いてないかなぁ…。大丈夫だったかなぁ…」と心配していたら、目の前に停った園バスから、オジサンが「どーもどーも」と挨拶する時のように片手を上げたずいずいが、「ママー、ごめんごめん、1人にしちゃってぇ…」と言いながら降りてきた。


5歳……幼稚園で、やんちゃな男の子数人にしょっちゅう構われるように。いじめというわけではなく、“気になる子をかまっているだけ”というレベルだったのだけど、「男の子なんか大嫌い」としばしば言うように。


6歳……年少さんの頃からずっと一緒だった優しい男の子、コウイチロウ君に淡い恋。一緒の小学校に行けないと分かった時は少し落ち込んでいた。「小学校に入ったら、時々頑張って早起きして、コウちゃんにお弁当作って届けようかな」と言うので、「…残念ながら、コウちゃんの行く学校には、すっごく美味しいカフェテリアがあるらしいよ…」と伝えたら、どよ〜んとした顔でさらに落ち込んでいた。卒園式の時は、園バスの運転手さんに、「遠くの学校まで電車で通うようになるんだってね。もう、雨の日も暑い日も、バスで送り迎えしてあげられないから、頑張って通うんだよ」と声をかけていただき、ポロポロと泣いていたっけ。


7歳……小学1年生。跳び箱・鉄棒・一輪車など、体育が苦手でさんざん苦労するように。好きな場所は動物園や牧場や水族館。アルマジロやハリネズミなど、ちょっと珍しい動物でも、臆することなく「かわいー♪」と言って抱っこ。魚屋さんでイサキを見た時は、「かわいい!飼いたい!」と大騒ぎ。


8歳……2年生。学校で飼っていたウサギが死んでしまい、帰宅してから号泣。捨て猫を保護し、一晩だけ一緒に過ごし、翌日獣医さんに連れていってお別れした時にも号泣。猫のアクルがいずれ死んでしまう日のことを想像しては号泣。この頃から、獣医さんになりたいと言い出すように。


9歳……3年生。時々行っている乗馬倶楽部で、馬の魅力にはまる。狂牛病に関する記事を読み、「伝染病が発生した場合、動物を安楽死させるのも獣医の仕事」と知り、「命を助けるだけが獣医さんの仕事じゃないんだ」と落ち込む。が、しばらくしてから、「犬も猫も可愛くて大好きだけど、犬猫の獣医さんはたくさんいるから、牛とか馬とか、お仕事をする動物のお医者さんになろうかな」と、なにか吹っ切れた様子だった。ヴァイオリン発表会では、念願の「情熱大陸」を弾く。


10歳……4年生。あらゆる面で好きなもの・嫌いなものがはっきりしてきて、自我が確立されてきた印象。この頃から、単に「同じ路線で通っているから」というのではなく、「考え方が近いから」「好きな本の傾向が似てるから」というような視点でお友達を作るようになっていった。「身体が太めだよね」だの「体育が苦手でトロいから球技の時に同じチームになるとイヤだ」だのと言われ、泣きながら下校することも多かったけれど、その分、「どんな時でも優しくてフェアなお友達」の存在に支えられた1年でもあった。



独身の頃の私は、子どもが苦手でしょうがなかった。今でも、あまり得意ではないのかもしれない。でも、ずいずいを育てることは本当に楽しい。おかげで毎日退屈しない。ずいずい、生まれてきてくれてありがとう。

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姫花ちゃんのハンカチ 〜大切なことを忘れないように。

2012/07/03 14:19
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去年の12月、打ち合わせと打ち合わせの合間に少し時間が空いてしまったので、東京ミッドタウンで行われていた復興支援プロジェクト「やさしいハンカチ展」(日本グラフィックデザイナー協会主催)を見に行ったことがあった。

全国のデザイナーさんたちが描いたイラストをもとに、600種近いハンカチが展示されており、それらのハンカチは製品化されて販売されてもいた。その中に、斬新な構図と大胆な色使いで、ひときわ目を引くハンカチが。デザイナーになる夢を持っていた小学生の女の子が描いた絵をもとに出来上がったハンカチだった。

作者は、いわき市立豊間小の4年生だった鈴木姫花ちゃん。幼い頃から絵を描くのが大好きで、絵画コンクールでもたびたび入賞していたのだそう。「十年後の自分へ」という作文には、「デザイナーになっているか、デザイナーになるため勉強しているのかも」と綴られていたという。…が、その作文を書いてからまもなく、震災による津波で亡くなってしまった。京都市在住のデザイナーさんが新聞を通して姫花ちゃんのことを知り、「夢を叶えてあげたい」とご遺族に申し出て、姫花ちゃんの作品がプロのデザイナーさんたちの作品と一緒に製品化され、展示されることになった…という経緯らしい。

私はその絵をとても好きだと思った。もともと灯台やカモメなど、海のモチーフが好きだということもあるけれど、子どもらしいのびのびした(小賢しくない)絵柄も、ビビッドな色使いも、好印象だった。特に、太陽と重なったカモメの部分がなんとも印象的で、惹かれるものがあった。

でも、その時はハンカチが買えなかった。ご遺族のお気持ちを思い、「もしも自分の身に起きたことだったら…」と想像し、泣けて泣けてしょうがなかったから。姫花ちゃんは、うちの娘と歳が近い(姫花ちゃんの方が1年お姉さん)。朝、「行ってきまーす」と元気に出かけていった我が子が……と想像すると、辛すぎて、耐え難くて、なんと言ったらいいのだろう、姫花ちゃんのハンカチを買って持ち帰り、ご冥福をお祈りしつつ、穏やかな気持ちでその絵を眺めるなんて、出来そうになかったのだ。そこにある悲しみの重さに負けてしまったのだと思う。だって、ランドセルを背負って登校していく、あの後ろ姿が最後になるなんて…。

それから半年ほどたち、最近、ツイッターで、いわき市在住のある男性が、「震災前のいわき市(薄磯・豊間地域)の町並みの写真を持っている方がいたら見せてほしい」と呼びかけていることを知った。現地の方々は、家やご家族を失ってしまったばかりでなく、思い出になる写真やビデオすら、ほとんど手元に残っていない。海や港の写真は、それでも比較的入手しやすいが、自分たちが暮らしていた家や町並みの写真はなかなか残っていないのだそう(そういうものだろうな…と思う)。震災から1年以上たった今、「自分たちが暮らしていた町や家の姿を見たい」と願う方々が増えてきているのだという。そういう方々に、ごく普通の日常を送っていた頃の町並みや家を見せてあげたいのだと、その男性は発信していた。

短いやりとりをし、つぶやきを遡って読んでいるうちに、その方が、なんと、あの姫花ちゃんのお父様であることを知った。ネットって、こういうふうに、時や場所を超えて、ひゅん…とご縁が繋がってしまう瞬間がある。不思議なものだ。

震災直後の日記に書いたように、私はあの時、都内のビルで仕事の打ち合わせをしており、娘は下校途中だった。携帯電話のおかげで、娘が地下鉄を降りて地上に出た瞬間に揺れがやってきたのだということは把握できていた。「地下鉄に閉じ込められているわけではなく、一人で道を歩いているわけでもなく、まだ駅の構内にいるはず。たくさんの大人たちの目や手が届くところにいるのだから、なんとかなる。大丈夫!」と思った。細長いビルがグラグラと大きく揺れ、近くにいた女性たちから悲鳴が上がり、「自分はもしかしたら、今日、ここで死ぬことになるかもしれない」と思った私は、いつも仕事に使っているスケジュールノートの最後の頁に、娘への手紙を書いた。「あなたが無事だと分かっているから、ママは怖いことも心配なこともなく、静かな気持ちでいられます。もう抱っこしてあげられなくなるのは残念だけど、いつもそばで見守っているから、元気で暮らしていってね。優しくて賢い人になってね。楽しい9年間をありがとう。ママが世界で一番大切なのはあなたです。」と。娘が無事だと思えたから、あんなふうに冷静でいられたのだ。娘の安否が確認できないままだったら、心配のあまり半狂乱になって無理矢理にでも埼玉に帰ろうとしていただろう。

震災の直後も、5月に陸前高田や南三陸にお邪魔した時にも、それから、姫花ちゃんのハンカチを見た時にも、その都度、私は、“我が子が今日も元気に帰ってくる”というのは、決して当たり前のことなんかじゃなく、非常に危ういバランスの上に成り立っている幸せなのだということを痛感した。そして、そのたびに、「我が子の小さな欠点や弱点なんて、どうでもいいじゃないか。ただ、元気に帰ってきて、私の作ったごはんを食べ、我が家のベッドでぐっすりと眠り、朝が来たらまた目覚めて話しかけたり笑ったりしてくれるだけで、十分じゃないか」と思い、もっと寛容な母親にならなくては…と反省した。

でも、そういうことって、すごく大切なことなのに、日常に流されてすぐに忘れてしまう。ささいなことで娘を叱ったり、八つ当たりのように怒ったりもしてしまう。そんなふうに、“大切なことを改めて意識しなくてもいい毎日”というものこそが、幸せということなのかもしれないのだけど、でも、怒った顔で見送って登校させてしまった時は、「万が一、今日、私かあの子に何かあって、もう二度と会えなくなるのだとしたら、私が最後に娘に見せた顔は、怒った顔ということになってしまう。…どうしよう、本当はこんなに好きなのに…。神様お願いします、どうか今日もあの子が無事に帰って来ますように」と、慌てて祈ったこともあった。そういう後悔や反省を、性懲りもなく繰り返している。我ながらバカだと思う。そして、そんな日々が赦されていることを、有難いと思う。

昨夜、ネットで検索して、久しぶりに姫花ちゃんのハンカチの画像を見た。そして、「今だったら、このハンカチが手元に来ても大丈夫かな」と思った。姫花ちゃんのお父様は、耐え難い苦しみや悲しみを味わったにも関わらず、地元の復興や地元の方々の心のケアのために行動していらっしゃる。私も、毎日、仕事だの子育てだの、自分に与えられている“やるべき事”を真面目にやっていこう。そして、また、大切なことを忘れそうになったら、折に触れ、姫花ちゃんの絵を見て、「今の自分がどれほど幸せであるのか」を噛み締めて反省させてもらい、また頑張ってやっていこう。
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『こども座右の銘』

2012/04/28 13:34
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『こども座右の銘』という本がある。昨夜、ずいずいと、「自分が好きだと思った言葉を選んで、それぞれに付箋を貼ってみようよ」ということになった。

沢山の付箋が貼られたけれど、2人が同じところに貼っていたのは3箇所で、あとはバラバラ。

ずいずいの選んだ言葉を見て、「なるほど、ずいずいの本質みたいなものが浮かび上がって見えてくるなぁ」と思った。蛇年生まれらしく(?)しつこいところ、弱虫のようでいてなかなか粘り強いところ、どちらかといえばメジャー&ミーハーでなくマイナー&オタクなところ、大人や学校というものに多くを期待してはいないがまったく期待していないわけでもないところ、そろそろ人間関係の面倒くささも味わい始めているらしいところ、根本的には「人から何を言われようがどうでもいい」と思いながらも幼さゆえにまだ吹っ切れていないところ、お金に関しては慎重でほんのり共産主義の匂いもするところ(笑)、聖なる存在や志の高い人に敬意を抱いているところ、そして、良くも悪くも私とヲットと両方からの影響をきっちり受けているところ。

ずいずいも、私の選んだ言葉を見て、「やっぱりママはママらしいのを選ぶなぁ」と思ったのだそう。「偉ぶってても、インテリぶってても、世の中のために具体的に動かない人のことは認めないって感じ?」「あと、人に助けてもらおう、幸せにしてもらおうと思ってる依存心の強い人が嫌いでしょ?」だって(笑)。

面白かった。また、別の何かで“好きなものの比べっこ”をしよう。


【2人とも良いと思った言葉】

●無知を恐れるなかれ。偽りの知恵を恐れよ。(パスカル)

●有能な者は行動し、無能な者は言い訳する。(ジョージ・バーナード・ショー)

●相手が暴力をふるっても、自分が正しければ心では負けないのです。最終的に心で勝ったものが勝利者と呼ばれるのです。(ガンジー)


【ずいずいが選んだ言葉】

●それでも地球はまわっている。(ガリレオ)

●今あきらめたら、バカにしたやつらのいい笑い者だ。絶対成功してみせる。(豊田佐吉)

●天才は辛抱強い。(トルストイ)

●たとえ立場の高い人の意見でも、間違っていたら指摘して正さなければならない。(北里柴三郎)

●勉強とは、自分の無知を発見すること。(ウィル・デュラント)

●天才は、1%のひらめきと99%の努力でつくられる。(エジソン)

●愚かな人は勉強を軽蔑し、単純な人は勉強を無条件にほめたたえ、賢い人は勉強を利用する。(フランシス・ベーコン)

●自分にとって、学校というものは一切存在価値がなかった。自分にとって、図書館と古本屋さんさえあれば、それで十分であった。(司馬遼太郎)

●簡潔で要領を得た行動。それが知力の基本である。(シェイクスピア)

●目的が善でなければ、知識も害となる。(プラトン)

●世間にうとく、書籍に書かれたことしか知らない学者は、書籍に書かれている本質的な内容を理解していないものだ。(ウィリアム・ハズリット)

●賢い者は、争いが起きたときに相手に勝とうとするよりも、かかわり合いにならないことを選ぶ。(ラ・ロシュフコー)

●一方だけが悪いならケンカは長く続かない。(ラ・ロシュフコー)

●なにか問題が起きたときに「自分にも責任があるだろうか?ないだろうか?」という疑問が少しでも心をよぎったら、それは自分にも責任があるということです。(ドストエフスキー)

●本当に自信のある人は、いつも冷静で他人の評価を気にしないものである。(マルキ・ド・ヴォーヴナルグ)

●心が貧しい人は、人の欠点や失敗に対して喜びを感じる。(アルトゥル・ショーペンハウアー)

●友情を長続きさせたかったら、相手の欠点に目をつぶることだ。(ジャン・ド・ラ・ブリュイエール)

●みんなが同じ考えをもつことは、理想的なことではない。意見が違うから社会は成り立ち、そしておもしろいのだ。(マーク・トウェイン)

●他人から与えられた評価ではなく、自分自身が満足できる足跡を残したい。(植村直己)

●欠点がない人がいたら警戒せよ。(ジョセフ・ジュベール)

●自分が決めたことは後悔しない。(宮本武蔵)

●チャンスがないなら、自分でチャンスをつくりなさい。(サミュエル・スマイルズ)

●自分を信じろ。人には好きに言わせておけ。(ダンテ・アリギエーリ)

●天使は美しい花を咲かせるだけでなく、傷ついた者のために勇気をもって戦います。(ナイチンゲール)

●状況? なにが状況だ。状況とはわが輩がつくるものだけをいうのだ。(ナポレオン)

●天体の運動はいくらでも計算できるが、人の気持ちはとても計算できない。(ニュートン)

●なにをしたいのか? それが明確になったとたん、君になにかが起こる。(ジッドゥ・クリシュナムルティ)

●人をおとしいれて出世する者もいれば、正義をつらぬいて出世できない者もいる。(シェイクスピア)


●「お金では買えない大切な物がある」という言葉をよく耳にするが、これは本当の貧乏を経験したことのない者がいうセリフである。(ジョージ・ギッシング)

●欲しいと思う物は買うな。必要な物だけを買えばよい。(マルクス・ポルキウス・カト・ケンソリウス)

●勤労は、幸福の条件である。(トルストイ)

●お金は良い召使いであり、かつ、悪い主人でもある。(ベンジャミン・フランクリン)


【私が選んだ言葉】

●あなたは学者ではないのだから、学ぶだけではだめです。学んだことは世の中の役に立てなさい。学んだあとにどんな行動をとるか。それが重要です。(吉田松陰)

●学問は脳、仕事は腕、からだを動かすは足である。しかしこれらをまとめる意志が必要である。この意志を勇気と呼ぶのだ。(大隈重信)

●正しい知恵を持った者は、敵が多くても傷つかない。(サキャ・パンディタ)

●教育はもちろん重要である。しかし忘れてはならないのは、知る値打ちのあるものは学校で全部教えられないということだ。(オスカー・ワイルド)

●我々の生活の中で、活動的な無知ほど恐ろしいものはない。(ゲーテ)

●教養と知識は別のもの。知識がすべてであるという間違った考えは危険な間違いである。(ヘッセ)

●弱い者ほど相手を許すことができない。許すという気持ちは強さの証なのだ。(ガンジー)

●動きが悪くなった機械に適当に油を注しても効果はない。悪くなった部品を見つけて交換しなさい。人間の心は機械のように交換できないが、なにが原因でそういう気持ちになったのかを考える必要がある。(エジソン)

●心配しても始まらないことは、心配しないほうがよい。(武者小路実篤)

●まわりがいくら努力しても、自分で自分を救おうという気持ちのない者を助けることはできない。自分でハシゴを登る気持ちのない者を他人が救うことはできないのだ。(アンドリュー・カーネギー)

●あなたは他人によって永遠の幸せが得られるなんて本当に思っているんですか? いくらその相手が最愛の人だとしても。(アインシュタイン)

●異性に心を奪われることは、大きな喜びであり、人生において不可欠なことだ。しかし、それが人生の中心になってはいけない。(アインシュタイン)

●あなたがいくらやさしい心の持ち主でも、行動がともなっていなければ、自分の思いを十分に相手に伝えることはできません。(ナイチンゲール)

●茶室に入れば身分の差はない。お互いに敬意を表しながら一杯のお茶をたしなむ。これがわび茶の精神である。(千利休)

●「自分ひとりでやった」と自分の成功を主張することは、とても愚かで傲慢なことだ。(ウォルト・ディズニー)

●自分のまわりばかり見ていると、小さくまとまってしまう。世界は広いのだ。(豊田佐吉)

●人に与えた恩は忘れてしまえ。しかし、人から受けた恩は絶対に忘れるな。(ジョージ・ゴードン・バイロン)
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H先生ありがとうございました。

2012/03/13 14:42
「昔は不良少年と呼ばれていた」という人が、今、学校で先生をしていて、落ちこぼれがちな子どもたちの気持ちに寄り添った教育をしている…というような話題が、時々TVや雑誌で紹介される。

ずっと優等生だった先生よりも、「昔は勉強が出来なかった」という先生の方が、勉強が苦手な子がどこで躓くのかが分かっていて、教え方がうまい場合もある。

そんなふうに、「昔は出来が悪かったから…」って部分が、逆に、今、強みになっている先生方の話を、たまに聞く。だけど、体育の先生って、ほぼ100%、運動神経が良くて、スポーツ好きな人ばかりなんじゃないだろうか?

別に努力なんかしなくても、なんとなーく逆上りが出来て、たいして苦労しなくても跳び箱が跳べて、ちょっと練習したらすぐに一輪車に乗れちゃって…という人が、運動神経が悪い子の指導をするのって、実はすごく難しい事なんじゃないかなぁ…と思う。「どうやって体を動かしたらいいか分からない」という感覚だの、「跳び箱や鉄棒がものすごく怖い」というような気持ちだのを、あんまり良く分からないんじゃないだろうか? で、結局、多くの先生方が、「とにかくたくさん練習すること」とか、「怖がらないこと」「諦めないこと」なんて、根性論で励ますのみになってしまう。

さんざん繰り返し書いて来たように、ずいずいは運動が苦手だ。“ちょっと運動神経が悪い”なんてレベルではなく、「救ってあげたいけど、どこから救ったらいいのか分からない」というくらい悪い。クラス全員で大縄跳びをすれば、ずいずいのせいで記録がストップするし、いまだに逆上がりが出来ないし、跳び箱をすれば転がり落ちて背中を強打する。そういう失敗が怖くて、ますます心も体も萎縮してしまう。

そんなふうにトロいので、それが原因で、からかわれたりバカにされたりすることがある。学校のトイレでこっそり泣くことも多いようだし、涙をこぼしながら下校してきたことも。

今年、体育の授業でマット運動をした時は後転が出来なかったそうで、あるクラスメートに「後転も出来ないだなんて、いったい今まで何をして生きてきたんだろうねぇ?」なんて言われ、けっこう深く落ち込んでいたようだ。体調が悪くて欠席した翌日には、「体育が出来ないから、体育の授業がある日にずる休みして逃げてるんでしょ」なんてことまで言われて、今学期はちょっとばかり試練の多い毎日だったようだ。(「子ども同士のイザコザには介入せず、見守ったり励ましたりするのみ」を旨としている私も、今回ばかりは問題がやや深刻になりかけたので、担任の先生に相談しに行ったりもした。)

そんな子だから、体育の授業では、先生に「とにかくたくさん練習すること」とか「諦めないこと」とか、ハッパをかけられてるんだろうなぁ…とばかり思っていたのだけど、教科担任のH先生は違ったらしい。どうしてもうまく後転が出来なくて、煮詰まって泣きそうになっているずいずいに、「じゃあ、ちょっと休憩して、みんなが回るのを見ていてごらん。なにかコツが分かるかもしれないよ」と声をかけて一息つかせたり、マットを重ねてゆるい傾斜を作り、体に弾みをつけるのが苦手な子でも回転しやすいように工夫して練習させたりと、力量やペースに合わせて指導してくださったのだとか。

駅から小走りで帰ってきて、玄関で靴を脱ぎもしないうちから、「ママ、すごいニュースがあるの! 今日ね、なんと、後転が出来たんだよっ!」と、目をキラキラさせて嬉しそうに報告した日は、「苦手なことを頑張ったご褒美」として、焼肉に連れて行ってしまった。たかが後転とはいえ、我が家にとっては、そのくらいエポックメイキングな出来事だったのだ。焼肉をほおばりながら、「H先生のおかげだよね」と、親子で何度も言い合った。

「ものすごく苦手な事でも、ちょっとしたコツで、なんとかなるものなんだ…」という体験が出来たことで、少し気持ちが楽になったのか、「体育と聞くだけでおなかが痛くなる」というセリフをあまり口にしなくなった。親としては一安心。

先週、4年生最後の体育の授業があった日、ずいずいが「1年間ありがとうございました」と御礼を言いに行ったら、H先生は、「後転出来るようになって良かったなぁ」と声をかけてくださったのだそう。「たくさんのクラスを担当してるのに、私のこと、覚えててくれたんだねぇ」と喜んだり、「でも、5年生の体育はH先生じゃないんだって」と寂しがったり、今、ずいずいの気持ちは複雑らしい。

H先生、ありがとうございました。
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お遍路@ビレッジヴァンガード

2012/03/10 15:07
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たっぷりと眠ったずいずいが、いつものようにモーリーと毛布を抱えて起きてきた。「すっごく楽しい夢を見て幸せな気分になったの」とニコニコしながら言う。

ず「ママと、私と、パパと、のんちゃん(ヲットの妹)と、麗子ちゃん(仮名)と、麗子ちゃんのお母さんと、6人で、クルマで旅行する夢を見たの」

私「どこに旅行に行ったの?」

ず「それがね、すごいんだよ! 全国のヴィレッジヴァンガードを巡って歩く旅なの」

私「……お遍路さん?(-_-;)」

ず「楽しかったよ〜。クルマの中でも話が弾んで、意地悪を言う人は1人もいなくて、みんな気分が良くて、ご機嫌で、ずっと笑っててさ〜。」

私「………。」

ず「それでね、私は、ヘッドフォンをしてて音楽に合わせて踊るウサギの人形と、猫のマスコットがついたボールペンと、くつしたにゃんこのソックスを買おうとしてて、麗子ちゃんは、ウサギのレターセットと、ウサギのボールペンと、ウサギのヘアピンを買おうとしてたの。好きな人たちと楽しくドライブして、大好きなお店に行って、欲しいもの買ってさ、最高だよね!」

私「………。」

ず「でもね、レジに並んでる途中で目が覚めちゃったの。あー、買っておけばよかったよ……」

私「……それがアナタの考える“幸せ”のカタチなの?」

ず「そうだねぇ…(うっとり)。しかもさ、その、くつしたにゃんこのソックスはね、足の裏に肉球のプニプニがついてたの。うふっ♪」

……………幸せな娘である。かなりしょっぱい幸せではあるが。(-_-;)
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  (-_-;)

2012/03/09 17:47
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ふと気づくと、クリスマスの頃から2ヶ月以上も日記を放置。“ずいずいがヴァイオリンの発表会に向けて頑張ったこと”だの、“運動神経があまりに鈍くて周囲をイライラさせてしまったようで、学校で軽い虐めに遭うようになり、担任の先生に相談しに行ったこと”だの、“体育の教科担任の先生が丁寧に指導してくださったおかげでやっと後転が出来るようになり、親子揃って喜んだこと”だの(この件は本当にありがたかったので近いうちに日記に書きます)、色々書きたいことはあったのだけれど、友人・知人にはメールやmixiなどで簡単に近況報告を済ませていたので、忙しさにかまけて日記にまでは手が回らず…という状況だった次第。

とりあえず、今日から日記を再開。再開第一弾にも関わらず、腰砕けなネタなのだけど、まぁ、肩慣らしということで。

写真は、昨日、ヲットからもらったもの。左下で支えているのが私の手のひらなので、この物体のバカバカしいサイズがお分かりいただけると思う。

実は私、結婚11年目なのだが、いまだかつて、ヲットから指輪なるものをもらったことがない。一応、結婚指輪らしきものはしているが、それは、そのへんのアクセサリー・ショップで自分で買った安物。結婚式を挙げず、結婚後も旧姓のままで仕事をしているせいか、一部で「シングル・マザーになったらしい」「大丈夫かね?」などという噂が立ち、色々な方々にご心配いただいたり余計な気を遣わせたりもしたので、「結婚したんです、一応」というお披露目のつもりで、“結婚指輪もどき”を付けるようになったというわけ。あれから、もう、10年半。

最近、ヲットが、なにを思ったか、「指輪を買ってあげるよ」と言うように。…が、一部の方々はご存知の通り、あの男が素直に普通の指輪を買うわけがない。モールやデパートに出かけて、「これはどう?」と言ってくるのは、「ステンレス製 4000円」だの、「タングステン製 4800円」だの、そんなものばかり。本人は「買ってあげるよ。いつまでたっても輝きがあせなくて綺麗だよ。うひゃひゃひゃひゃ…」と面白がっているが、その都度、丁重にお断り申し上げている。「なんで? バカだなー、せっかく買ってやるって言ってんのにー」と言われるが、あんなクセのある面倒な男と結婚して日々大変な思いをしているというのに、4000円や5000円の指輪を買ってもらうだなんて、なにが悲しくてそんなしょっぱい人生を歩まなければならないというのか? 

ちなみにタングステンというのは、非常に硬度が高いうえ、金属の中では最も融点が高いとかで、切削用の工具だの、電球のフィラメントだの、戦車や戦艦に撃ち込むための砲弾だのに使われる素材なんだとか。

そんなものはいらない。いつか、100万円くらいする指輪か腕時計を買わせてやるんだ。いつか。いつの日か…と思っていたのに、やられた。ヲットは、私に内緒でこっそりとお買い物してたんである。しかも、ステンレスやタングステン以下のものを。

「750カラットだよ」と、ヲットが嬉しそうに取り出した箱は、豆腐2丁分くらいあるサイズ。中から出てきたのは、このバカバカしい物体であった。脱力する私。うひゃうひゃとアホ面で笑い転げるヲットと、「良かったねぇ、ママ。夫から初めて指輪を買ってもらうことが出来てさぁ…」と言いながら、ニタニタする娘。

私の人生、どこで曲がり角を間違えてしまったんだろう? 有名な某老舗食品会社の御曹司とのお見合いをさせられたあの時、なぜ嫁に行ってしまわなかったのだろう?…バカ!私のバカ…(溜息…)

リング部分を、バスか電車の吊革のようにグワシと掴み、思わず振り上げたら、ヲットが、「ほら、そうやって、鈍器の代わりにもなるしさあ、便利でしょう? ね?」と言う。鈍器として使う時のターゲットはもちろんアンタだよ…と心に誓った夜であった。


余談:そんなふざけた商品なのに、(例の、豆腐2丁分の)ケースの内側には、「We will be together from now on forever. Once a day, Smile for me,Keep on shining, Keep on dreaming...」なんて甘々な文章がもっともらしく書いてあって、それが余計にこのふざけたアイテムの腰砕け感を増し、私をイラっとさせたのであった。
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サンタさんへ

2011/12/25 00:58
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サンタさんへ

いつもありがとうございます。

寒い中、おつかれ様です。

ここに、マシュマロとビスケットとお酒を置いておきます。

もしよかったら、食べてください。

H23.12.24

日本のずいずいより


………………………

今年も、なんとか無事にサンタさんがやってきたようです。クリスマス・イヴの食事会の料理と皿洗いで疲れ……ゲホッゴホッ……なにかと忙しくて疲れたせいか、サンタさんからのメッセージは短くて、しかも、そのへんにあった付箋紙に書いてあったりしますが、まぁ、そんな年もあります。

全国で任務遂行中のサンタさんたち、お疲れ様です。

3枚目の写真は、ずいずいから私へのプレゼント。しばらく前にポーチが擦り切れて穴があいてしまったので、新しいのを用意してくれました。おばあちゃんから毎月少しずつもらっているお小遣いをやりくりして買ってくれたのです。……ちょっぴりうるっと来てしまいました。

ずいずい、ありがとう。

イエス様、Happy Birthday.

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Merry Christmas!

2011/12/24 03:33

今年、日本は、あちこちに深い傷がついて、いまだに心が癒されていない方々も大勢いるけれど、そういう方々の気持ちが少しずつでも癒されますように。

年金がどーのとか、税金がこーのとか、給与カットとか、労働意欲が削がれるような話題ばかりだけれど、真面目に働いている人が、たまには美味しいものを食べたり、買い物を楽しんだり、きれいなものを見たり聴いたりするくらいの贅沢は許されるような、そういう国に戻りますように。

クリスマスもお正月も関係なく勉強に追われている受験生が、怪我や病気に見舞われることなく、受験当日まで頑張れますように。

かの国の将軍様が亡くなったこの機会に、拉致問題に進展があって、無理矢理に祖国から連れ去られた方々が戻って来られますように。

自分のことだけでなく、他の誰かのために動くことの出来る人に、良いことがたくさんやって来ますように。


Merry Christmas!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

*クリスマスのプレゼントに、ずいずいはパパにおねだりしていたウォークマンを買ってもらうことが出来ました。ヴァイオリンで練習している曲や、好きな歌などを入れて、クルマでの移動中などに楽しむ予定なんだとか。

*私からずいずいに用意しているプレゼントは、アンデルセンの童話全集と、ずいずいが欲しがっていた魚とパンのTシャツ。(童話全集は有名でない作品も収録されていて、全部で3巻発行されることになっているもの。まずは、今年発行された第1巻を。ものすごく分厚くてずっしりした愛蔵版で、美しい挿絵もたくさん。)

*サンタさんが用意しているプレゼントは、もこもこ素材の黒猫のバッグと、百合の紋章のブローチ。



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本の魅力は“中身”だけじゃなく…

2011/12/06 20:19
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私も、ずいずいも、普段買う本は、文庫や新書版のものがほとんど。ハードカバーのものは、ずいずいが学校の図書室で借りてくる以外は、あまり縁が無い。

先日、義父とお酒を飲みながら、本の話になった。そして、「書かれている内容だけでなく、持った時の重さだとか、表紙の材質だとか、美しい装丁だとか、紙やインクによって異なる匂いだとか、そういう要素もまた、本の魅力なのである」という話になった。それは、「電子書籍では決して味わうことの出来ない紙の本ならではの醍醐味」であり、「本好きの人間にとってはそういうことも大切」なのであり、「特に感受性が豊かな子どものうちは、そういう魅力を味わう機会を持った方が読書体験が豊かになるであろう」…というようなことで、話が盛り上がった。

思い出してみれば、私は、本の臭いを嗅ぐのが好きな子どもだった。目をつぶっていても、本を開いて鼻を近づけてみるだけで、「これは福音館」「これはポプラ社」「これは岩波」…などと、出版社を当てることが出来た。布張りや革張りの表紙を撫でて、その感触にうっとりしたり、曇りガラスのようなグラシン紙のシャカシャカした感触を楽しんだりすることもあった。

…そのような事が何の役に立つのかと訊かれたら、「いや、何の役にも立ちません…」と答えるしかないのだけれど、あれは、なんとなく心に残る、豊かな時間だったような気がする。そして、子どものうちに、ずいずいにも、ああいう時間を味わってほしいと思う。

そういうわけで、今年のクリスマスは、ずいずいに、何か、ちょっと、“立派な本”を贈りたいと思っている。「図書館で借りて読むからいいや」とか、「読み終わったらブックオフで売っちゃえば本棚がスッキリしていいや」とかいう類の本とはちょっと違う、“ずっと手元に置いておきたい本”というのを味わってみて欲しい。

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意地悪は、性格だけじゃなくて体調の問題?

2011/12/02 13:59
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昨日、学校から帰ってきたずいずいが、「ママ、今日の朝礼の校長先生のお話しね、ゆうべママが言ってたのと同じような内容だったの」と話してくれた。

“ゆうべママが言ってたの”というのは、こんな話。(↓)


同じクラスのTさんが、昼休み、数人の子たちに意地悪をされていた。お弁当の時に使っていたランチョンマットを、ある1人の子が取り上げて、他の子たちと投げ合ってふざけていて、なかなか返してくれなかったのだ。「返して」「やだー」…というやりとりが何度か繰り返された後、もともと大人っぽいところのあるTさんは、「じゃあ、もういい…」と言って、本気で相手をするのをやめて、スルーしようとしたのだそう。すると、ある1人の子が、「じゃあ、これ、捨ててくるね。いらないんでしょ?」と言って、ランチョンマットを持ったまま廊下の方(ゴミ箱のある方)に歩き出し、さすがにTさんも慌ててしまい、……云々(楽しい話題ではないので、以下、省略。結局、ランチョンマットはTさんに戻されたのだけど)。


私「それを見ていて、あなたは、『やめなよ』って言ったりしなかったの?」

ず「………。言わなかった。」

私「その時、教室に、あなた以外の目撃者は?」

ず「他に何人かいた。」

私「その中の誰も、『やめなよ』って言ってあげられなかったの?」

ず「うん…。」

私「なぜ?」

ず「そういうことを言うと、その意地悪な子たちに、次に苛められるのは自分になっちゃうから。それに、『いい子ぶってる』とか言われちゃうし…」

私「先生はそういうことが起こってるのをご存じなの?」

ず「ちょっと意地悪な子たちのことは先生も分かってて、時々注意してるけど、一番意地悪な子は、先生の前ではボロを出さないんだよ…本当に意地悪な子は、先生がいる時に意地悪なんかしないもの。今日のことも先生は知らないの。先生に言うと、言いつけた…ってことで、また意地悪されるし。」

私「つまり、意地悪をされた子は、されっぱなしで、1人で耐えるしかないの? クラスメートは誰もかばってくれないし、おうちの人に相談するのも、先生に言うのもダメなの? じゃあ、意地悪で自分勝手なことをした子の天下になっちゃうじゃない。ジャイアンにおびえるのび太みたいに毎日を過ごさなくちゃならないの?そういうの、鬱陶しくないの?イヤなクラスだなぁ。誰か勇気を出して、『やめなよ』と言ってあげられないの?…1人で言う勇気がないとしても、何人かで一緒に言うとか、なにか方法はないの?」

ず「…みんな、次に自分が意地悪のターゲットにされるのがイヤなんだよ…。なかなか、ママみたいに強くはなれないもん…。でもね、下校の時、Tさんが、『一緒に帰ってくれる?』って言ってきたから、駅までおしゃべりしながら一緒に歩いたよ。Tさん、なんだか疲れてて落ち込んでるみたいに見えてさ、可哀想だったよ…」

私「ねえ、こういうこと、最近、ちょっと多すぎない? 学校の空気がイヤな感じになってきているのなら、ママ、どうしたらいいのか、担任の先生に相談しに行ってこようか?」

ず「やめて…。おうちの人に相談して、おうちの人から先生にお話が伝わって、それで先生が意地悪した子を叱ったりしたら、また後から面倒なことになるの。私、たまに意地悪されて泣いちゃうこともあるけど、そのせいで学校に行くのがイヤになったりってほどじゃないから。たまにこうやってママに愚痴を聞いてもらうだけで、なんとかなるの。だから、ママ、先生に言わないで…」

こういう話をした翌朝、校長先生から、「苛められている子をかばうと、次は自分が苛められるのではないかと思って心配になってしまうだろうけれど、それでも勇気を出して声を上げてほしい」というようなお話があったのだそうで、ずいずいは、「やっぱり、見て見ぬふりをしちゃいけないんだよね…。自分もそうされたらすごく悲しいし…。でも、『やめなよ』って、私、言えるかなぁ…怖いなぁ…」と、目下、悩んでいる最中。

実は最近、こういう話題が多い。“苛めというほどではないけれど、意地悪ではある”…というような出来事が増えている感じがする。…いや、でも、“苛めというほどではない”というのはあくまでも私の主観なのであって、ターゲットにされた9〜10歳の子どもにしてみれば、それは“苛め”なのであり、悲しい思いをしているんだろうなぁ…。事実、ずいずいも、たまにトイレでこっそり泣いていることがあると言うし…。「この程度の意地悪は、学校生活にはつきもの。いちいち大げさに考えないで、それに負けない心の免疫力を育ててあげよう」と考えるのがいいのか? それとも、「ちょっとこれは意地悪の度が過ぎるのでは?」と感じたら、先生に相談してしまったほうがいいのか? 親としても、そのへんの判断は難しい。

マイミクさんであり、3人の小学生のお母さんであり、栄養療法にも詳しいドクター、とりんさんによると、初潮前後の女の子はものすごくたくさんの栄養素を必要とするので、しっかり栄養を摂っていない子は貧血になりやすく、その結果、情緒不安定になったり意地悪になったりする傾向があるのだと言う。そして、この時期の貧血は、成人後も、生涯にわたって健康状態に(精神衛生も含めて)大きな影響を及ぼすのだそう。

ずいずいは、3年生の後半くらいから、ぷっくり、むっちりした体型になってきた。だから私は、「今の時期は、ぷくぷくほっぺで、体も丸っぽくてしっかりしているくらいがちょうどいいし、健康的だって、ママが信頼しているお医者さんがそう言ってるよ。タンパク質や鉄分やビタミンB群をしっかり摂らないと、健康で綺麗な大人になれないし、集中力が低下して学力も下がっちゃうんだよ。ダイエットはもう少し大人になってから考えればいいからね」と話をしているのだが、学校で「Nちゃんって太いよね」と言われて傷つき、トイレでこっそり泣いたこともあるずいずいは、“ガリガリに細い子”に憧れているらしい。「私と同じようにぷっくりしている子は、クラスには3〜4人くらいしかいないの」と言う。

最近の、“苛めというほどではないけど、クラス内に意地悪な言動が増えてきた気がする”と、ずいずいや私が感じていることの原因として、そういう、発育と栄養に関する問題が潜んでいるんじゃないかという気がするのだけど、どうだろう? もちろん、栄養状態が悪いからといって、誰もが意地悪になるかというと、決してそういうわけではない。個々の性格とか、感じているストレスの量だとかによって、他人に対して攻撃的になるのかどうかは違ってくるのだろうけど。でも、“なんとなーく、意地悪指数が高い空気”というもののベースには、栄養問題が潜んでいるような気がするんだよなぁ…。だとすれば、これを解決するには、“心構え”や“精神論”だけじゃなくて、“栄養”という視点も必要なのかもしれない。親も子どもも先生方も一緒に、ドクターとりんのような専門家のお話を聞く機会があるといいんだけどなぁ。


※写真右の大きなボトルは、3年生になってから飲ませるようになったプロテイン。急激に体が大きくなり始め、疲れやすくなったり落ち込みやすくなったりしたので、食事だけではたんぱく質やビタミンやミネラルが足りないと感じて飲ませるように。
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おばあちゃんのプレゼントが微妙でも(笑)、まぁ、ずいずいは幸せなのだ。

2011/11/28 08:40
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ずいずいの小学校では、今、サンタクロースについて、“いる派”と“いない派”に分かれてたびたび議論が勃発しているのだそう。

「DSをサンタさんにお願いしたのに、もらえた子・もらえなかった子がいるのはおかしいよ。サンタさんがいるなら、全員もらえるとか、全員もらえないとか、基準があるはずでしょ。実は、プレゼントは、お父さんやお母さんが準備しているから、その家庭ごとの考え方によって、買ってもらえたりもらえなかったりするんだよ」なんていう子もいるのだそうで。論理的だ。その通りだと思う(笑)。

ずいずいは相変わらず“いる派”。

【根拠@】「前に、サンタさんに将棋セットを、ママにチェスセットをお願いした時、サンタさんからの将棋セットに小さいチェスセットがおまけで付いてきて、チェスセットがだぶっちゃったことがあった。サンタさんの分も親が準備しているのだとしたら、そんな無駄なことはしないはず」 → 将棋セットを注文したネットショップが、クリスマスシーズンの特別サービスでチェスセットをおまけに付けてくれちゃったことを知らない。

【根拠A】「リサのぬいぐるみを持っていたから、それと同じ大きさのガスパールのぬいぐるみが欲しいなって思っていたら、ちょうどいいサイズのガスパールと、それより大きいガスパールが両方届いちゃったことがあってビックリした年があった。欲しかったサイズの方は、ママのお友達のおばちゃんが送ってくれた。でも、サンタさんは、私が欲しかったのより大きいのを持ってきてくれちゃったから、リサとペアにはならなかったの。そういうアクシデントが起きるのも、サンタさんが本当にいるからでしょ?」 → “サンタさんのふりをしたママが、ガスパールを欲しがっているずいずいのために、間違ったサイズのガスパールを注文してしまったのだけど、誕生日にリサを送ってくれたおばちゃんがクリスマスにはガスパールの方も送ってくれて、それで運良くリサ&ガスのペアが揃った”……なんていう事情までは推察できていない。

【根拠B】毎年サンタさんにお酒とお菓子を用意してから眠ると、翌朝は一口ずつ飲んだり食べたりしてあるし、英語だったけど、サンタさんからお返事のお手紙をもらったこともある。 → 母と同一の筆跡であることを分かってない(普段目にしている日本語の文字ではないので気づかない)。

ひとまず、この、“4年生にもなってサンタさんがいると信じているおめでた……否、幸せな娘”の夢を出来るだけ引っ張ることが出来るように、実家の母にも、義母にも、「まだサンタさんを信じてるんだから余計なネタバレは不要ですよ。よろしくお願いしまつね」という旨の申し入れをしておいたわたくし。毎年、毎年、「いよいよ今年で最後になるのかな?」と思いながら、サンタさんの影武者をやっている。

ところで最近、ずいずいは、「パパやのんちゃん(←義妹)って、子どもの頃、可哀想だったよね…」と言う。「だって、おじいちゃんも、おばあちゃんも、イベントに全然興味がないし、子どものワクワクする気持ちを分かってくれてないんだもん」と。

たとえば去年の“クリスマスプレゼント”なのだけど、11月の末だか12月の初めだかに、義母が、ずいずいの通学用の下着を2枚買ってくれた。上身ごろは綿の半袖で、下はナイロンだかポリエステルだかでスカート部分がついているもの。制服の下に着る必需品なのだけど、デパートで買うと1枚3000円以上する。確かに大事な必需品だし、安いものではないから、助かる。でも、「これが、ちょっと早いけど、クリスマスのプレゼントね」と言われたずいずいは、内心かなりガッカリしたようだ。だって、下着だもの(笑)。「何ももらえない子だっているのだから、それはそ
れで感謝するべきなのだ」ということは、一応、親として言い聞かせたが、ずいずいの気持ちも分からないではない。せめて、クリスマス当日に、可愛いラッピングでもして受け取ることが出来たら、もうちょっと気分も違ったのだろうけど。

ヲットが子どもの頃、N家には“クリスマス”という概念はなかったそうで、ツリーを飾ったり、プレゼントを買ってもらったり…なんてことはなかったらしい。「うちはキリスト教徒じゃないんだ」という義父の意向で。(その代り、よその子よりもだいぶ大きな額のお年玉をもらっていたらしいが。) 私が子どもの頃は、母親が1ヶ月も前からプレゼントの用意を始めていた。手作りの大きなフェルトの靴下の中に、これまた手作りのぬいぐるみだの、お菓子だの、本だの、カードだのが詰めてあったりして。クリスマスイブには凝った料理も用意してもらった。いま思えばメニュー自体はそれほどすごいものではなくて、盛り付けに凝っていただけなのだけど、子どもだったので、十分にそれでワクワクしていた。

イベントに力を入れる家庭とそうでない家庭との温度差は大きいんだなぁ。でも、自分が親になって思うのは、「子どもを喜ばせたい」とあれこれ画策することで、親自身も楽しんでいるんだな、ってこと。そして、親にあれこれしてもらった子は、自分の子にもあれこれしてあげたくなるようだ、ってこと。4年生にもなってサンタさんを信じているずいずいは、近い将来、「ママってば、毎年、あれこれ舞台裏で画策していたんだなぁ…」ってことを知って、クスリと笑うんだろう。そしていつか、自分の子どもを持つ日が来たら、やっぱりあれこれと画策して楽しむんだろう。

私が小学4年生の頃、同じクラスでサンタさんを信じている子なんて、もう。誰もいなかったと思う。いまだにサンタさんを信じている子がたくさんいるというずいずいのクラスは、「子どもを喜ばせたい」「子どもに夢を見させたい」と思って頑張っているお父さんやお母さんたちに愛されて、大事にされてる子たちがたくさんいるってことなんだろうなぁ。平和な国、平和な時代に生まれてきた、幸せな子たち。……豊かではない国の子たちにも、家庭が荒れていて辛い思いをしている子たちにも、クリスマスくらいは何か良いことがありますように…と思う。私はどちらかというと子どもが嫌いなのだけど(笑)、子どもたちが悲しい思いをするのはもっと嫌なのだ。
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聖ニコラウスさんの季節

2011/11/16 09:55
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ああ、今年もまた近づいてきた。あのシーズンが。

NORAD(北米航空宇宙防衛司令部)の、サンタさんの情報を鵜呑みにしていたり。
http://momonga-zuizui.at.webry.info/201012/article_6.html


世界中の子どもたちにプレゼントを配るには、サンタさんは1万数千人は必要だと計算してみたり。

http://momonga-zuizui.at.webry.info/201012/article_5.html


サンタさんにDSをお願いしても買ってもらえないらしい…と、友達と情報交換していたり。

http://momonga-zuizui.at.webry.info/201012/article_3.html


サンタさんにお手紙を書いたり。

http://momonga-zuizui.at.webry.info/200912/article_23.html

http://momonga-zuizui.at.webry.info/200812/article_27.html


サンタさんからお返事をもらってよろこんだり。

http://momonga-zuizui.at.webry.info/200912/article_24.html


サンタさんに会えるまで起きていると言い張ったり。
http://momonga-zuizui.at.webry.info/200812/article_28.html


もう4年生。さすがにもう、学校のお友達とのおしゃべりで、「サンタさんはいない」ってことを分かってしまってるんじゃないかと思い、先日ちょこっとだけリサーチしたら(カマをかけたとも言う)、なんと、まだ信じていた。アンビリーバボー。


「パパからのプレゼントやママからのプレゼントとは別に、サンタさんからのプレゼントをいつまでももらえるように…」と、信じているふりをしているんじゃないかと疑ってもみたけれど、どうやらそうではなく本当に信じている様子。イエス様やマリア様が今でも天にいらっしゃるのと同様に、聖ニコラウスさんもいらっしゃると思っているらしい。「イエス様やマリア様に会ったことはないけど、存在を疑ったりしないでしょ。それと同じことだよ」と。「お友達の中にはサンタさんなんかいないって言ってる子もいるよ。でも、神様やイエス様やマリア様を信じていない子もいっぱいいるんだもの。そういう子はそういう子だよ。考え方が違うの」と、はなから議論する気もない様子。

こうなってくると、もう、いつ、誰が、ずいずいの夢を決定的に打ち砕くのか(“目覚めさせる”とも言う)、知恵のつく林檎をずいずいに食べさせることになるのか、母としては戦々恐々なんである。
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自分一人のモノサシなんて小っちゃいのだ。

2011/11/14 14:25
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友人Kさんのおかげでご縁が出来たLさんが、最近、職場(某公立小学校)の職員旅行で函館に行ってきた。Lさんが最も印象深かったのは、トラピスチヌ修道院だったそう。

正式名称は「厳律シトー会天使の聖母トラピスチヌ修道院」。シトー会は特に戒律が厳しいそうで、一度ここの修道女になると壁内のみの生活となり(選挙などごく一部の用事の時だけ外出が許される)、俗世から完全に隔離された世界で生きていくのだという。一生を神様に捧げた共同生活は、祈り・読書・農作業などの労働が中心で、会話は必要最低限に限られ、沈黙が義務付けられている。朝3時30分起床、夜7時45分就床。60〜70名ほどの修道女の方々が自給自足の生活を行っているとい
う。

Lさんは、「こんな世界もあるのか…。こういうことが幸せや安らぎにつながる人たちもいるのか…」と、目からウロコが落ちるような気持ちで見学させていただいたそうだけど(前庭部分だけ一般公開されている)、一緒に行った他のメンバーのほとんどは、「可哀想に…」と口々につぶやいていたとのこと。

自分の価値観だけで簡単に「可哀想」と言うなんて、すこぶる失礼なことだと私は思う。自分が理解できないのなら、「こういう世界もあるのね」「こういう人たちもいるのね」だけでとどめておけばいいのに、「可哀想」だなんて、いささか想像力が足りないんじゃないだろうか? 日々、多くの子どもたちと接して、子どもたちの価値観の形成に大きな影響を与える職業なのだから、もうちょっと多様性というものを意識して、掘り下げて物事を考えていただきたいと思うのだが…。

ちなみに後日、Lさんがその話をお母様にしたら、お母様は「もしもLがそういう生活をしたいと言い出したとしたら、母ちゃんはLを誇りに思うよ」と言っていたそうで、素敵な方だなと思った。

冒頭に書いたKさんはしばらく前に離婚をしたのだけど、家を出てから離婚が成立するまでの3年弱の間に、ものすごく色々な経験をし、たくさん考えた挙句、「自分は男の人と関わると人生が乱れる。そして自分も相手の男の人も不幸になる」という結論を得たのだそう。今は、毎日フルタイムで働いて子どもたちを養いながら、自分のライフワークとなるであろう宗教音楽の勉強を続けている。元夫の反対にあって音楽の勉強も聖書の勉強も中断してしまっていたのだけど、「自分が一番やりたいことはこれなのだ。これだけはどうしても譲れないのだ」…ということが分かったそうで、「どんなに貧乏をしても、どんなに遠回りになっても、今度こそ手放さずに、細々とでもいいから一生勉強を続ける」と言い切るようになった。元夫がいつ機嫌をそこねて怒鳴り始めるのか顔色をうかがっていた頃の彼女とはまるで別人だ。強くなったし、サバサバとした考え方になって魅力が増したと思う。

そんな彼女に、「まだまだ恋愛できるし、まだ十分再婚出来る年齢でしょ」と世話を焼く人や、「親の都合で片親にしてしまうなんて子どもが可哀想」「子どもが独立した後、一人は寂しいわよ」などと意見する人もいる。その人たちなりに良かれと思って言ってくるのだろうけど、それも、「修道女は可哀想」という人たちと同じで、自分の価値観しか見えていない、視野の狭い言動だと思う。結婚していた頃、Kさんがどんなふうに暮らしていて、どんなことに苦しんでいたのか、離婚が成立した今、Kさんと子どもたちがどれくらい心身ともに健康になって、幸せそうに変化したのか、知りもしないのだ、そういう人たちは。両親が揃っていないと不便なことや不自由なことは確かにいくつかあると思う。でもそれは、不幸とは違うんじゃないかな。

大人になったら当たり前のように結婚して、結婚したら相手がDV男だろうがモラハラ夫だろうが何が何でも一生添い遂げて、“子どもたちのために”と我慢して(実は自分が経済的に不安があるから…っていうのが第一理由かもしれないのに)、肝心のその子どもたちに、怒鳴り合う父親や母親の姿ばかりを見せて、挙句の果てに子どもたちがストレスで心や体の健康を害したとしても、母子家庭になるよりはマシだと言うのだろうか?「新しいお父さんなんかいらない、お母さんと自分(たち)だけで十分楽しいよ、別に寂しくなんかないよ」…という子どもたち全員が“お母さんに心配をかけさせないように無理をしている”とでも思っているのだろうか?

自分のモノサシだけで「可哀想」とか「無理してるんじゃない?」なんて軽々しくモノを言っちゃいけないのだと思う。大人は、“そういう人とは距離をおく”という選択肢があるけれど、子どもは必ずしもそうではない。子どもたちと接する職業の方々は、そういうことを意識していていただきたいと思う。

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子どもとのスキンシップはいつまで?

2011/11/14 08:51
土曜日の午後、バリ・スパに行った。(http://www.yamatonoyu.co.jp/all/kawaguchi/index.html )  埼玉は天然温泉の施設がけっこうあるのだけど、他の施設は家族連れが多いのに対して、ここは女性のグループ客が多いようだ。エステ系のメニューが充実しているせいだろうか。

家族連れが多い施設では、女湯に“ママに連れて来られた男の子”がいる確率が高い。施設にもよるが、男の子の年齢制限はだいたい7〜8歳までということになっている。このへんが微妙なところで、男の子を育てているママにとっては、7〜8歳はまだ、“可愛いボク”なのだろうけれど、女の子しか育てたことのない母親や、男の子の兄弟がいない女の子にとっては、7〜8歳の男の子は、もう、“かなり男の子”なのだ。正直なところ、私も「なんかちょっと…リラックス出来ないなぁ」と感じてしまうし、ずいずいに至っては、「男の子がいる……」と固まってしまい、温泉を楽しむどころではなくなる。まして、その男の子がちょっとやんちゃで騒がしいタイプだったりすると、「早く帰ってくんないかなぁ?」光線を浴びせたくなってしまう。

男の子のママが、「7〜8歳の息子を男湯に1人で入れるのはまだちょっと心配」と思うのも、分かる。一方で、「なにがなんでも息子と一緒にお風呂に入りたいなら貸切風呂のある温泉に行ってほしいよね。つーか、店側もさぁ、8歳とか中途半端なこと書かないで、幼稚園以下じゃないとダメってはっきり書いてほしいよね」などと、聞こえよがしに文句を言っているお客さんの気持ちも分かる(文句の言い方がちょっとキツいなぁとは思うけど)。

このくらいの男の子を育てているお母さんたちは、たまに戸惑う場面があるんだろうな。たとえば、デパートや駅のトイレなんかでもそう。狭い空間のせいか、男の子がいると、周囲が感じる違和感はけっこう大きい。男の子がいるお母さんたちに、どうしているのか話を聞いてみると、身障者用のトイレに親子で一緒に入るとか、男性用トイレの入り口でお母さんが待っているとか、周囲の目より子どもの安全の方が大事だから開き直って女性用トイレに連れて入るとか、答えは色々だった。その点、母親&女の子というのは、いつも行動を一緒に出来て助かる。

ところで、ずいずいは、いまだに、ちょっと心細くなった時や気持ちが疲れてしまった時、「ママ、抱っこ…」と言って膝に乗ってくることがある。身長140cmを超えた子がベタベタと引っ付いてくる様子は他人が見たら違和感があるだろうし、実はけっこう重かったりもする。が、他人の目がないところでなら、まぁ、いいか…と思っている。思春期を過ぎ、成人になっても、母親に「抱っこ」をせがんでいる人というのは見たことがないので、自然にそういうことを卒業するまでは、無理にやめさせなくてもいいかな、と。

父親と娘のスキンシップというのは、いったいいつ頃まで許されるんだろう? ヲットとずいずいのじゃれあい方というのは、ハタから見ているとかなりヘンだと思う。なにしろ、ヲットは、ずいずいを押さえつけて顔を舐めたり頭を齧ったりするのだから。ライオンの親子か?(いや、ライオンもそんなことはしないか…) ずいずいは、「やめてーーーーーーーっっ!!」とギャーギャー叫んで嫌がるのだけど、それでもすぐにパパにすり寄っていくのだから、心の底から嫌というわけではないんだろ
う。こういうの、あとどれくらいやり続けるんだろう? 中学生になったらさすがに本気で嫌がるようになるのかな? 高校生になってもやっていたら変態親子だよな…。


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心地よく枯れていきたい。

2011/11/10 15:43
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キャサリン・ハムネットだったかマーガレット・ハウエルだったか忘れてしまったが、イギリスのファッションデザイナーの自宅が雑誌で紹介されていて、枯れた花が花瓶に飾られているのが印象に残った。片づけるのを忘れているとか掃除をさぼっているとかではなく、枯れた花には枯れた花なりの美しさがあるから、と。こういうのって、最近の日本人にはない感覚だなぁ…と思った。

いや、本来、日本人は、華やかなものだけでなく、地味なものや最盛期を過ぎた名残りのものなどにも、美しさや味わいを見出す文化を持っていたはず。それが“侘び”や“寂び”なんだもの。なのに最近は、若くて溌剌としたものにしか価値がないかのような勢いで、世の中が回っているような気がする。

化粧品のCMやファッション雑誌を見ていると、アンチ・エイジングは多くの女性にとって永遠のテーマなのだなぁ、と思う。 “いつまでも若く綺麗でいるため”、“いつまでも女として現役でいるため(モテるため)”、いろいろお手入れをして、努力して、綺麗でいましょう…と、様々な商品と情報が煽り立ててくる。もちろん、健康で機嫌よく生きていくための体調管理は大事だと思うのだけど、シミとかシワとか白髪とかってのは、そんなにも敵視しなくてはいけないものなんだろうか…と、たまに考えてしまう。

で、いったん考え始めると、あまりにも「若く」「より若く」とシャカリキになるのって、なんだかあさましいような、恥ずかしいような事に見えてくるのだ。心の中に、「そんなにも頑張って若作りしておしゃれして、いったい今さら何をしようというのか?」「もう中年と呼ばれる年齢になってまでモテたがるのは、いささか品の悪いことなんじゃないか?」「てか、恋愛なんて、うんと若いうちに、ゲップが出るほとたくさん経験しておくべきものでしょ。それが足りないと、トシとってからはじけちゃって、変に生々しく見えたりするんだよ…」などと、ツッコミが次々浮かんでしまう。

「いくつになっても恋する心やときめきは大事」「ドキドキすることがあったほうが、みずみずしく綺麗でいられる」なんてことが、女性誌にはしょっちゅう書かれているけど、そもそも、ときめきやドキドキって、恋愛方面でしか得ることが出来ないものではないよねぇ? 私は、ある程度の年齢になったら、恋愛なんて面倒くさいものからは解放されて、もっとワクワクすることを見つけるほうが恰好いいと思っている。仕事でも、趣味でも、勉強でも、ジャンルは何でもいいんだけど。そういう、“恋愛よりもずっと面白いこと”を共有できるような友人、噛めば噛むほど旨味が広がるように面白い会話が出来る友人は、男女を問わず、宝物だと思う。逆に、なにかというと思考が恋愛方面に向かう人は、「血中日本人濃度が薄いのか? アモーレな国のヒト?」などと思って距離を置いてしまう。「ああ、違う世界のヒトね」と。そういう生き方を否定はしないけど、仲良しにはなれそうにない。

あと数年もすれば、娘が初恋を体験するような年齢になるだろう。子ども世代が恋愛というステージに上るようになったら、親は枯れていくのが自然で美しいことだと思っている。(注:あくまでも個人の感想です。←通販風)

もしもずいずいが辛い恋に悩んで眠れないような夜があったら、「ママも若い頃にそういう思いをしたのよ」と思い出話でもして、夜更かしにつきあってやりたい。もしも恋愛がうまくいってバカみたいに舞い上がっていたら、「アナタ、自分じゃ気づいてないだろうけど、はたから見るとかなりヘンです(笑)」と、ちょっと意地悪なツッコミを入れたりもしてやろう。 で、私は、気の合う友人たちと、愉快に心地よく枯れていくのだ。
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実現するものなんだねぇ…。

2011/11/04 13:38
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●子どもの頃、「ポンジュース」が好きだった。駄菓子屋で買える「ファンタオレンジ」よりも、お米屋さんが届けてくれる「プラッシー」よりも、オレンジのトレードマークが可愛かった「バヤリースオレンジ」よりも。「愛媛県では水道ならぬ“ポン道”があって、蛇口を捻るとポンジュースが出てくる」なんていう噂を聞き、「嘘に決まってるけど、地域や期間を限定したら出来るはず。瓶代も瓶詰費用もかからないから1リットル数十円で飲めるんじゃ?」なんてことを妄想してニタニタしていた。

「ポン道」と呼べるほどのものではないけれど、最近は本当に「蛇口からポンジュース」が実現しているらしい。冗談を本当にやっちゃう人って、いいなぁ。


●子どもの頃から、TVで刑事ものや法廷もののドラマを見たり、FBI超能力捜査官の特番を見たりするたびに、「被害者の霊が姿を現せば、世の中の殺人事件のほとんどは簡単に解決するし、“逃げ得”が許されないから殺人事件の抑止力にもなるだろうに…。毎月、“0(レイ)”のつく日は、あの世の扉が開いて、幽霊がこちらの世界にやってくることが出来るようになればいいのに。その日だけ警察や裁判所が滅茶苦茶忙しくなるだろうけど……」と思っていた。「幽霊も、どうせなら、生きてる人間に怖がられたり嫌がられたりするような現れ方ではなくて、自分の恨みを堂々と晴らしにくればいいのに」と。

死者がしょっちゅうこの世にやってくるようになったら、色々と都合の悪いこともあるようで(?)、それは今のところ実現できてはいないようだけど、「幽霊が法廷で証人になる」という映画が出来た。1日、映画ファン感謝デーで観賞料が安くなっていたので、ずいずいと一緒に早速見に行ってきたのだけど、これがもう、傑作! 脚本とキャスティングが絶妙で、どんなチョイ役の俳優さんもピリリと存在感が光っていて、どのシーンも“名場面”になってしまう。2時間半の長さをまったく感じさせない。私もずいずいも何度も大笑いし、ラストではまんまと泣かされた。三谷幸喜は天才だ。こういう才能が日本に生まれた時代に自分も生まれてきて良かった。


●先日、日記に書いた「聖☆おにいさん」を初めて読んだ時、「なんて面白い漫画なんだ!」と感動した。…と同時に、「こういうギャグ漫画ではなくて、あの2人が真面目に交流したらどうなるか…みたいな本があったら、それはそれで面白いだろうなぁ」とも思った。

そしたら、あった。「Great Conversations  "The Lotus and the Cross" - Jesus Talks with Buddha」って本が。仏陀とイエスが舟に乗って様々な宗教的対話をするというドラマの台本のような本で、いわば、「聖☆おにいさん 真面目版」。著者は、Ravi Zachariasというインド生まれのキリスト教伝道師で、マレーシア・シンガポール・タイで複数の仏教僧と対話を重ねてきた方なのだそう。まだ日本語に翻訳されていないので原書で読むしかないのだけど、面白そうなので読んでみることにした。

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思い浮かべたことが実現するなんて、ドラえもんの世界みたいだ。面白いなぁ。ところでずいずいは、「本屋さんに貼ってあったポスターで、イエスさまが、パン5個と魚2匹(※)のTシャツを着てたの。あのTシャツ欲しい♪」なんて言っている。実はそのTシャツが商品化されることは知らないようだ。限定販売で入手困難らしいけど、当たったらクリスマスに買ってあげようかなぁ?


※イエスは言われた。「行かせることはない。あなたがたが彼らに食べる物を与えなさい。」弟子たちは言った。「ここにはパン五つと魚二匹しかありません。」イエスは、「それをここに持って来なさい」と言い、群衆には草の上に座るようにお命じになった。そして、五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて弟子たちにお渡しになった。弟子たちはそのパンを群衆に与えた。すべての人が食べて満腹した。そして、残ったパンの屑を集めると、十二の籠いっぱいになった。

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山森樹さん、安らかに。

2011/10/29 14:34
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神奈川県三浦市「山森農園」の代表者・山森樹(たつる)さんがお亡くなりになりました。農作業中の不慮の事故だったそうです。まだ50代。残念でなりません。

つい先日、プライベートで三浦に出かけた時に、山森さんのことを思い出していたのに、連絡はしないままでした。毎年、11月初旬には、山森さんの野菜が入った“お正月野菜セット”のコピーを書くから、どうせまたすぐに連絡を取り合うことになるんだし…なんて思っていたから。バカな私。


農家の一人息子として生まれ育った山森さんですが、若い頃は弁護士を目指していて、高校や大学では農業とは無関係の勉強をしたのだとか。が、26歳になった時、その道を断念し、家業を継ぐことを決心。「結果的に農業をやることになったからには、人と違ったことをやらなくちゃ…と思いました。18歳から農業をやっていたら、26歳になる頃には一通りの技術は身についていたはずなんです。僕はそんなものは何もない、ゼロからの、いや、むしろマイナスからのスタートだったわけですから、人と同じことをやってもしょうがないだろうという気持ちがありました。そうじゃないと、大学に6年も通って勉強してきた時間が無駄になってしまうと思ったんです。」 去年、取材させていたいた時、そんな話をしてくださった山森さん。

「実家では、父の代から、障害のある方々に農作業を手伝ってもらっていました。一人息子が26歳まで家の手伝いをしないで自由にさせてもらえたのは、彼らのおかげだったんですね。農園という場所で、障害のある子たちが仕事を覚え、経済的に自立していく姿を見ていましたから、自分が農園を経営していくなら、そういう面をもっと発展させたいと思いました。」

「目指したのは、農業を通じての社会貢献と、企業的な農業経営でした。障害者を雇用して彼らの自立を支援すること。人を常時雇用するためには、農閑期を無くし、年間を通して仕事を作り出すこと。農協に頼らず、自分たちで売り先を見つけて契約栽培を行うことで、安定した経営を目指すこと。」

「三浦の農家は、秋から春の大根とキャベツが主体。その2つを生産すれば、家族経営の規模なら食べていけるんです。でも、それだけでは人を雇用できないから、ニンジンの生産に挑戦してみようと。ニンジンはなかなかデリケートな作物で、うまく作れるようになるまで時間がかかりましたけど。」

「ガンガンと栄養を吸収している成長期にあせって収穫しちゃうと、どうしてもエグ味が出るんです。どんなに良い堆肥を使っていようがね。人間もそうでしょ。人間でいう“円熟味を増す頃”っていうのが、ニンジンにもやっぱりあるんです。」

「自分たちはプロだという誇りは大事だけど、そこにアグラをかいちゃいけないんですね。やっぱり、どんなにベテランになっても、お客さんの声に謙虚に耳を傾けることが、美味しいものを作り続けるには不可欠だと思ってます。」

「農業に限らず、仕事というのは、最終的には人がすべてです。人を育てながら、自分も育っていかないといけない。給料払ってるんだぞ、社長なんだぞ…っていうのではダメですね。若い人も含め、みんなでいろんな意見を出し合って、刺激し合って、楽しくやっていく職場は伸びますよ、やっぱり。」

収穫量・品質ともに、山森農園の人参が神奈川県でNO.1と言われるようになるにつれ、農園には、障害者だけでなく、農業を学びたいというたくさんの若者が研修生として集まるようになりました。そんな研修生たちの未来のためにと、2009年には東京・高円寺に八百屋さんを開店。「ちゃんとした食材で、ちゃんとした料理を出す店なんてのも、将来的にはやってみたいんです。うちじゃ、“居酒屋計画”って呼んでるんですけど。畑に行かないでそこに入り浸るようじゃマズいんですけど(笑)」

「自分と関わる人が、農業と言うステージを通して連携をとりながら、……なんか話が大げさになっちゃうけど、人間が人間として住みやすい環境を作っていくっていうのかなぁ、そういう仕事をしていきたいと思いますね。この農園だったり八百屋だったりが、その拠点になってくれればいいなと。それで自分も生活していけるなら、そんないい人生はないだろうと思ってます。」



ご冥福をお祈り致します。合わせて、山森スピリッツを受け継いだ多くの若い農業生産者の皆さんのご発展をお祈り致します。

携帯電話の電話帳に登録してある、山森さんの電話番号とメールアドレスが消せません。
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